Season企画小説
銀籠の鳥・前編 (二周年御礼・鳥擬人化パロ)
※阿部と三橋が鳥です。苦手な方はご注意下さい。
広い広い日本家屋の軒下に、その鳥籠は吊されていた。
特注品なのだろうか、豪奢な作りで、凝った意匠のモチーフで飾られ、色とりどりの石がはめ込まれている。
けれどそれも外側の話で、中に囚われた者の目を、楽しませる物ではない。
彼の周りにあるのは、ただひたすら銀の格子。足元すらそれのままで、唯一柔らかな寝床さえ、銀糸の刺繍がなされていた。
美しいが寒々しい檻だ、と、それを見て阿部は思った。
鳥籠の中には、きれいな黄色い鳥が入れられていた。
屋敷に住む黒髪の少女が、籠を覗き込んで「レンレン」と呼んでいたから、きっとそれが名なのだろう。
澄んだ声で鳴く鳥だ。
物憂げに外を眺めながら、日長一日歌っている。
歌うことしか楽しみがないのか。
その檻の扉が簡単に開くことを、知らないのだろうか?
阿部は、庭に咲く赤い花を1輪摘み取り、銀籠の中に差し入れた。
「んな中に閉じこもってねーで、出て来いよ」
話しかけると、中の小鳥は「ひやっ」とおかしな悲鳴を上げて、檻の反対側まで飛びすさった。
そしてキョドキョドとあちこちを向き、おびえた様子で自分の周りを見回している。
その籠の中にはその鳥しかいないのだから、自分に話し掛けているのだと分かりそうなものなのに。
バカなのか? それとも、世間知らずなのだろうか?
阿部は、持って来た花を檻の床にぽとりと落とし、大きなため息を1つした。
「お前だよ、お前。お前に訊いてんだけど?」
すると、相手はまたキョドキョドと視線を巡らせて、激しくドモリながら阿部に応えた。
「お、お、お、お、オレ?」
何をうろたえる事があるのか。
阿部がそうだとうなずくと、彼は床の赤い花をちらちら見ながら、「は、花も、オレ、に?」と訊いた。
「そーだよ、お前以外にいねーだろ?」
呆れたように言った阿部だったが、直後、ハッと目を見開いた。目の前のきれいな鳥が、ふわりと笑みを浮かべたからだ。
「あり、がと」
彼は床の花を拾い上げ、嬉しそうに胸に抱いた。
「べ、別にそんなの、いくらでも持って来てやるよ」
阿部はそう言って、ふいっと顔を背けた。眩しくて、真っ直ぐ見てはいられなかった。
「それに、花なら外にいっぱいあんぞ」
そう言って出て来いと誘ったが、「ほら」と扉を開けて見せてやっても、彼は首を振るだけだった。
なぜ彼は外に出ようとしないのだろう? 空を飛び回る気持ちよさを知らないのだろうか?
まさか飛べない訳ではないだろうし。
出て行けば、あの黒髪の少女が悲しむから? しかしそれだって、散歩の後にまた中に戻ればいいだけの話で、嫌がる理由には弱いと思う。
「オレ、行け、ない」
と、そう言うだけでは分からない。
猫やカラスに襲われたトラウマでもあるのだろうか?
一緒に飛べないのは残念だったが、阿部は何故か、彼を放っておく気になれなかった。
それから毎日、朝に晩にと阿部は彼の元に通った。
その度に花を摘んで行ったので、銀の殺風景な檻の中は、少しずつ花で彩られた。
彼の本当の名がレンだというのも、通う内に聞いたことだ。
レンレンと呼ぶのは、あの黒髪の少女だけらしい。
「『レンレンて呼ぶな』って、いくら言ってもやめてくれない、んだ」
彼は不満げにそう言ったが、レンレンという名も結構似合っていると、阿部は密かに思っていた。
色んな話をした。銀の格子を間に挟んで、毎日。
レンは赤ん坊のように、外の事を何も知らなかった。
海を渡る鳥がいることも、海を泳ぐ鳥がいることも、夏と冬とで色が変わってしまう鳥がいることも。
それどころか、向かいの屋敷の飼い犬が子犬を5匹産んだとか、猫のボスが交代したらしいとか、そんなことも知らなかった。
阿部が話をする度に、レンは瞳を輝かせ、「ふおお」とか「す、す、スゴイ」などと、いちいち大袈裟なくらい感動して見せた。
バカと言うよりは、やはり世間知らずなのだろう。
こんな鳥籠に囚われて、人とばかり顔を合わせているからだ。
仲間も友達もいないからだ。
レンが花を喜ぶと知ったからだろうか? やがて阿部が摘んで行かなくても、銀の鳥籠の中は、いつも花で飾られるようになった。
天井から床から、扉まで。庭に咲く小さな花々より、もっと美しく豪華な花が、鳥籠中を彩っていた。
阿部がせっせと運んだ花は、捨てられたのか埋められたのか、もう1輪も残ってはいない。あの黒髪の少女が捨てたのだろうか?
「でも、お、オレ、阿部君がくれた花の方が、好きだ」
レンはそう言ったが、どう考えてもお世辞にしか思えなくて、阿部は花を摘むのをやめた。
手ぶらで訪れても、レンは嬉しそうに迎えてくれたし、だからもういいのだと納得した。
(続く)
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