Season企画小説
狂おしくキミを恋う(Side A) 7
フェンスにもたれてうずくまり、一体どれくらいそうしてたのか。急に冷え込みが激しくなり、オレは震えて顔を上げた。
西の空が、茜色になっていた。
帰らねーと。
頭では分かってるけど、足に力が入らねぇ。呼吸すると嗚咽が漏れそうで、大きく息を吸い込めねぇ。
「は………」
三橋はいなかった。もうどこにもいねーんだ。ここにいたって、もう会えねー。
だから、帰る。帰らねーと。
「う………」
立ち上がる気力が少しでも欲しい。駅まで歩く力が。三橋のいない部屋に帰る勇気が、少しでも欲しくて。顔を伏せた、その時。
名前を呼ばれた。
「阿部………?」
夕焼けを背に、田島が立っていた。
「今頃何しに来たんだよ?」
田島がオレの胸倉を掴んで、ぐいっと立ち上がらせた。殴んのか? また断罪すんのか? もう好きにすればいい。うつむいたオレの顔を覗き込み、田島がひゅっと息を呑む。急に胸倉を放されっと、立ってらんねーで、オレはフェンスにもたれかかった。
「お前………、待ってろ」
田島はオレを置いて、どこかに走って行った。と、間も無く息を切らせて帰ってくる。
「駅前のレオパレス、107号室。そこまで一人で行けるか? オレら、今からまだミーティングあっからさ」
そう言って、オレの手に何かを握らせた。どっかの家の鍵だ。107と書いてある。
「阿部、聞いてるか? 平気か?」
オレは曖昧にうなずいた。聞いてるし、平気だ。ただ、三橋がいないだけだ。
駅前のレオパレス。107号室。
田島に背中を押され、つんのめるように歩き出す。さっきは一歩も歩けねーと思ったのに、歩き出すと今度は止まらねー。ただ無心に駅まで歩いた。
田島に言われたマンションは、すぐに判った。107号室の鍵を開ける。
中に入ると、ダンボールが雑然と積まれてて、服とボールと空ペットボトルが、あちこちに散らかってた。梯子を登ればロフトがあって、くっしゃくしゃの布団が下からも見える。
こんな散らかった部屋、誰の部屋だ?
まるで三橋が散らかしたみてーだ。
三橋はもういねーのに。
「三橋……」
オレは床に座り込み、ダンボールにもたれて目を閉じた。
夢を見た。
「阿部君、阿部君」
三橋がオレの肩を揺らす。目を開ければ三橋がいる。心配そうにオレを見てる。
「三橋、だ……」
解ってる、これは夢だ。だって夢の中でしか三橋に会えねぇ。オレに向かって話さねぇ。
「阿部君、ちゃんと寝てるの?」
「ああ」
寝てる。だってほら、夢見てる。
「ちゃんと食べてるの?」
「ああ」
食べてる。今日はうどんを半分食った。
「タバコは?」
「いや」
吸ってねぇ。だってタバコ吸ってる間、考えちまう。いろんな事、お前のいない事。
「鏡見てるの? ひどい顔だよ」
「ふ……」
それさっき、誰かに言われた。誰だっけ? 鏡なんて見れねーし、どんな顔か自分じゃ分かんねーけど。
「阿部君、ちゃんとオレを見て」
ぺちん、と両頬を叩かれる。鋭い痛み。夢なのにな。おかしくて、笑える。お前がいねーのに、オレ、笑ってる。
「なあ、三橋……」
「何?」
「お前がどこにもいねーんだ。どこに行ったら会えんのか、教えてくれよ」
呟くように訊く。これは夢だから、次のセリフも分かってる。「ここにいるよ」と三橋は笑う。そうだなとオレも納得する。これは夢だ、いつもの夢だ。
「阿部君っ!」
あれ、三橋が叫んでる。珍しいな、お前のそんな顔。泣くなよ、夢の中まで泣くな。お前の笑顔だけ見せてくれ。
夢の中でしか会えねーんだから。せめて今だけは、
「笑ってくれ……」
オレは三橋を抱き寄せた。いつもとは違う、しっかりと張った肩だった。
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