Season企画小説
狂おしくキミを恋う(Side A) 6
※オリキャラがちょっとだけ出ます。苦手な方はご注意下さい。
オレの前からいなくなったあいつを、テレビの中で見付けた。
3月14日、月曜日。
春季オープン戦が始まっていた。
あいつは先発で登板し、6回まで無失点で抑えて、二番手にマウンドを譲ったらしい。キレイなフォームで投げた「まっすぐ」で、三振をとった場面が取り上げられた。
『こ、今年は、飛躍の年にしたい、です』
報道陣に呼ばれた三橋が、カメラの前で帽子を脱いで一礼し、向けられたマイクにそう応えた。
その笑顔が、憂いを含んでるように見えんのは、オレの願望が入ってるからかな。
「三橋君、色っぽくなったね」
ふいに声を掛けられた。振り向くと、安久津がいた。
学食の大テレビ。別に誰が見るともなく、チャンネルはそのままで、CMになった。
「……そうか?」
「えー、同居してると気付かないモンなの?」
無邪気に言われて、顔が強張る。
もうとっくに同居してねーなんて、誰に言ったって仕方ねーし。お前のせいで破局したんだ、とか、見当違いの八つ当たり、女に向かって言いたくねーし。
「さーな………」
当たり障りのねー返事で、やり過ごす。
三橋の夕飯犠牲にしてバイト頑張ったお陰で、家賃も当分心配ねーし。
今のとこ、何の不自由もねー。
バイト終わって、授業も終わりで、試験もなくて。教授の学会の準備もひと段落ついて、世間は春で。
テレビから視線を引き剥がし、美味くもねーうどんをすする。薄いカマボコは食う気がしなくて、丼の縁に貼り付けた。
「阿部は反対に、ムサクなったね」
声の主を睨むと、安久津は動じもしねーで、肩を竦める。
「ちゃんと鏡見てる? すっごいヒドイ顔だよ」
「うるせーよ。邪魔だ」
低い声で言い捨てると、安久津は片頬を膨らませて、「だから阿部はモテないんだよ」つって立ち去った。
女になんかモテたって仕方ねー。
女じゃなくても。あいつ以外の人間に、興味ねー。
毎晩、三橋の夢を見る。
起きたら泣いてる自分がいる。
情けなくって、鏡も見れねー。鏡見れねーとヒゲも剃れねーから、電気シェーバー買って来た。
歯磨きだって、手洗いだって、鏡見るのがイヤで、いつも下向いてするようになった。猫背になってるって言われるけど、別にどうでもいい。格好つける必要もねーし。
三橋が出てってから、一ヶ月。
あっという間だったと思うのは、抜け殻のように過ごしたからだ。
それでも忙しい内は良かったけど。今は、暇で。
暇で。
「三橋……」
テレビ画面にも、もういねぇ。
大学野球のコーナーは終わって、いつの間にかサッカー選手が映ってた。
ふいに、喪失感に襲われた。
三橋がいねぇ。
足元に穴が空いたような、虚無。
三橋がいねぇ。
もしかして、もうどこにもいねーんじゃねーか?
大学にも、チームにも、誰の側にも。
テレビで見てんのは、ただの記録でしかなくて。ホントはもう、三橋はどこにも……もうどこにもいねーんじゃねーのか?
それは恐ろしい思い付きだった。
怖くて怖くて、確かめずにいられねぇ。
オレはうどんを半分以上残し、学食を出た。駅までの道を、全力で走る。電車に乗ってる間も、怖いことしか考えられなかった。
三橋がいなかったらどうしよう?
オレの前から消えたように、この世から消えてしまってたら? もう声を聞くことも、笑顔を見ることも、触れることも。もう二度とできなくなってたら?
電車を乗り継いで、東京郊外に向かう。目指すのは三橋の通う大学の、野球部専用グラウンド。最寄り駅から1.7km。いくらなまった体だって、走れば十分もかからねー。
75,000uだったか? ばかでかい敷地の中には二つの球場と、室内練習所。
どっかに三橋はいるハズだ。ユニフォーム着て投げてるハズだ。マウンドか、ブルペンか、室内投球練習所か。
「三橋?」
息をはずませて探し回る。二つの球場と、練習所。マウンドか、ブルペンか、練習所か。マウンドか、ブルペンか、練習所か。
けど、どこにも三橋はいなかった。
まさか。何で?
何で三橋はいないんだ?
もう、会えない?
目の前が真っ暗になって……オレは球場のフェンスにもたれかかり、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
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