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小説 1−16
どういう関係か分かんない男と、夏・前編 (社会人)
 阿部君に突然プールに連れ出されたのは、夏のよく晴れた週末のことだった。
 一人暮らしのアパートで、ガンガンにクーラー利かせて寝てたのに、大声で起こされたからビックリした。
「いつまでゴロゴロ寝てんだ、いい天気だぞ!」
 お腹に掛けてたタオルケットを引っぺがされ、ほらほらと強引にベッドから追い出される。もっと寝てられたのにヒドイ。
 一体なんだっていうんだろう。
 ぼうっと侵入者の顔を見上げてから、そういえば合い鍵渡してたな、って思い出した。
 その割に、彼がここに来るのは久々だ。
 半年ぶりくらいか? そうでもないか? もうあんま記憶にない。

「阿部君、久し振りだ、な」
 寝起きでぼうっとしたまま言うと、「何だよ、恨み言か?」って髪をくしゃくしゃに撫でられた。
「ヒデェ寝癖」
 オレの顔を覗き込み、くくっと笑う阿部君に、悪気とかはちっともなさそう。あと、顔が近い。
 その距離の近さにちょっと気まずい気持ちになるのは、キスしたことがあるからだ。その気になればキスできる距離って、その気じゃない時は気まずいだけ、かも。
 まあ、キスだけじゃなくて、何度か寝たこともあるんだけど、その辺のことは今更考えなくてもいいだろう。
 したければするし、したくなければしない。

「ほら着替えて、顔洗って来いよ。寝癖はまあ……可愛いからそのままでもいーけど」
 ニヤニヤ笑いながらそんなこと言う阿部君を、じとっと睨んで立ち上がる。寝癖が可愛いって、とても誉め言葉に思えない。
 意地でもきっちり、寝癖直そう。
 顔を洗うついでに水で濡らして、ジェルも使って、髪をきっちり整える。可愛い女子とデートとか行くなら、もうちょっとふわっとドライヤー使って頑張ってもいいんだけど、阿部君だし、適当だ。
 オレのオールバックを見た阿部君は、ぶはっと吹き出して「おっ前、相変わらずだな」なんて、オレの肩に腕を回した。
 すごく馴れ馴れしい。あと、顔が近い。
「どこ行く、の? オレ、寝たいんだけど」
 馴れ馴れしい腕からするっと逃れ、仕方なくデニムをはく。文句を言ったって、それが阿部君に通用したことは1度もないし、彼が行くって言ったら行くんだろう。
 いい天気、ってことは屋外なんだろうか? ちょっと勘弁して欲しい。

 一方の阿部君は、オレの機嫌なんてお構いなしに勝手にクローゼットを漁ってる。
「水着どこ? ねぇなら買うけど」
 水着、って。
「そ、そんなとこにはない、よ!」
 下着の入ってるとこをごっそりと漁られ、あわあわと慌てる。
 別に男同士だし、見られてもいいんだけど、勝手知ったる感じであれこれ漁っちゃうのはどうなんだろう。
 トモダチにしては馴れ馴れしくない?
 いや、えっちとかしちゃってる時点でトモダチじゃないのかも知れないし、「付き合おう」って言われて「うん」って返事した覚えもあるけど、それはもう随分前だ。

 促されるままに水着とバスタオルとを用意すると、「さあさあ」と外に連れ出された。
 アパートの前には車が1台停まってて、それに乗るようにって。誰の車かと思ったら、レンタカーだって。わざわざそんなものを用意してくる、その行動力にちょっと引く。
 分かってたけど、外はじりじりと焦げるように暑い。
 車の中はむわっと来るくらい熱気に満ちてて、ほんの少し嗅ぎ慣れないニオイがした。
「まず、メシ食いに行こーぜ。牛丼? バーガー? ファミレスでもいいけど」
「コーヒー……」
 ぼそっと答えると、「じゃあファミレスな」って言われた。
「ちゃんとモーニング食えよ? 言っとくけど、コーヒーだけっつー選択肢はねぇから」

 ぐさっと深く釘を刺されて、「うう……」ってうめく。体はまだちゃんと起きてなくて、とてもメシなんて食えそうにない。
「お前、昔は朝でも丼メシ食ってたじゃねーか」
 阿部君に呆れたように言われたけど、昔は昔、今は今だ。若かったなぁって思うしかない。
 むうっとしながら助手席のシートベルトをはめようとしてると、横からぐいっと引き寄せられて、不意打ちみたいにキスされた。
 ちゅっと唇を奪われて、呆然と固まる。
「うえ……?」
 えっ、今のキス、何?
 ぽかんと阿部君を見返すと、彼はぶはっと吹き出して、「何だ、その反応」っておかしそうに笑った。

 何だか意味が分かんないなぁと思う。
 ファミレスでモーニング食べてる時も、終わってまた車に乗り込んでからも、阿部君の態度は変わんないままだ。
 顔が近い。ボディタッチが多い。真昼間だし、ビミョーな場所を触られるとかはないんだけど、肩とか背中とかに遠慮なく触れて来る。
 トモダチの距離じゃないよなぁと思った。
 でも恋人の距離とも言えないんじゃないか。主に心の距離とかが。
 そのビミョーな距離感は、プールに到着しても続いてた。プールはプールでも、連れて来られたのは遊園地のプールだ。
 阿部君はあらかじめチケットも用意してたみたい。レンタカーといい、チケットといい、何だろうこの用意周到さ。

「な、なんで遊園地?」
 思わず訊くと、「久々だろ」って言われた。
「こんなとこ、デートじゃねーと来れねーしさ」

 デート、って。まだオレたち、付き合ってる? のか? でもさすがにそんなこと、阿部君には訊けないし、黙って首をかしげるしかない。
 一方の阿部君は、オレの疑問をよそに「行くぞー」って背中に腕を回して来る。
 女の子の2人連れに声を掛けられた時も、阿部君の態度は変わらなかった。
「お兄さんたち、お2人ですかぁ? 一緒にスライダーどうですかぁ?」
 って。水着の可愛い子が誘ってくれたのに、「ワリーけど、オレらデート中だから」って阿部君はさくっと断ってた。
「デート……」
 ぼそっと呟くオレを、「何だよ」って阿部君がじとっと睨む。
「お前なぁ、そんな髪型してっから逆ナンされんだぞ」
「ええー」

 阿部君にはそう言われたけど、髪型なんか関係あるとは思えない。
「キリッとしてるように見えるんだよ、錯覚だけど」
「錯覚っ!?」
 誉めてるのかけなしてるのか分かんない言い方に、むうっと唇を尖らせる。
 そっちこそ、濡れ髪をかき上げる仕草とか、無駄に格好良くてサギだと思う。声かけられたのだってきっと、阿部君が一緒にいたからだ。

 阿部君だって、オレと一緒にいるより華やかな女の子と一緒にきゃいきゃい騒いだ方が楽しめるんじゃないの、かな?
 混雑した芋洗いのプールに入って、芋の1つになるより、ウォータースライダーの列に並んだ方が有意義に過ごせるような気もする。
 けど、自分がそんなにスライダーに並びたいかっていうと、そうでもないから、気にしなくてもいいんだろうか。女の子と一緒にいる自分ってのも想像できない。
 無数の芋に混じって流れるプールに肩まで浸かり、流されるままぼんやりと空を見上げる。
 晴れた空は白い雲も鮮やかで、眩しくて青い。
 今日も暑くなりそう。もう梅雨って明けたんだっけ? いつ明けたんだっけ? この間、雷鳴ってた気がするけど、通勤に影響なかったから、あんま記憶に残ってなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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