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小説 1−13
白鬼の里帰り・1
※この話は、虜囚の花嫁白鬼の復活王妃の送迎 の続編になります。




 いつものように早朝の走り込みに出かけていた王妃レンが、何やらベタベタした物を全身にまとわりつかせて帰って来た。
 王妃の走り込みは、王城を出て王都の中をぐるりと回り、大門まで往復するというものだ。勿論1人ではなく、警護と訓練を兼ねて歩兵部隊を連れている。
 走り込みを始めた2年前は、彼の脚力について行ける兵も少なかったが、今や自主的に走り込みをこなす者も多く、大門への往復程度ならそれほどの難もないらしい。
 王妃でありながら優れた武人でもある王妃レン。
 彼は2年前、王に虜囚として連れて来られるまで、北の隣国であるミホシの王子であり、筆頭将軍でもあった。
 馬に引かせる戦車に乗り、戦場を縦横無尽に駆け回って多くの敵を打ち倒す姿は、まさに鬼神。敵国は勿論、ミホシの国内においても「白鬼将軍」と呼ばれて畏れられる存在だった。
 一見、気弱げで大人しそうな色白の青年のように思えるから、戦場で見たときとのギャップは激しい。
 だが、美しい。
 このレンの魅力に囚われる者は多いだろう。国王アベ=タカヤも、勿論その1人だった。

 王城に帰還したレンの姿について、側近から報告を受けたタカヤは、書類仕事を放り出して王妃の元に駆け付けた。
「どうした、レン?」
 声を掛けると、王妃はむうっと不機嫌そうな顔のまま、王の方をちらりと見た。
「王都、治安悪い」
 短くそう応える彼の声も、不機嫌そのものだ。
 妃の不機嫌も気になるが、国を治める王としては、王都の治安云々というのも気にかかる。
「何があった?」
 王妃と共に城下に出ていた兵に訊くと、どうやら人攫いの現場に巻き込まれたらしい。
 走り込み中、女性の悲鳴を聞いて路地裏に入り込んだところ、王妃の頭上に蜘蛛の巣のようなベタベタの網が降って来たのだとか。
 とっさに剣で斬り払った王妃だったが、網はそのまま王妃の上に被さって、彼にまとわりついたという。

 成程、そう聞いて見れば、蜘蛛の巣のようにベタベタと貼り付く網だ。漁猟に使うような網とは違い、1度絡まれば簡単に抜け出せそうにもない。
「オレ、風呂行く」
「ああ」
 ぷんぷんとしたまま後宮へと上がって行く王妃を見送り、王は再び兵士たちに向き直った。
「人攫いは最近多いのか?」
 少なくとも王の耳には入っていない。ということは、まだそこまで件数が多くないのだと予想される。
「すぐに調査し、ご報告致します」
「頼む」
 隊長格の兵士の言葉に、王はひとまずうなずいた。

 王妃が風呂から出るのを見計らい、王は王妃と住まう居室に向かった。
 未処理の書類はまだ少々残っていたが、元々王妃の帰還を待って朝食にする予定だったので、問題はない。
 朝食の並んだテーブルに座り、薫り高い紅茶を飲んでいると、やがて王妃が浴場の方から戻って来る。
 広い浴場でゆっくり過ごしたせいか、眉間のシワは取れたようだ。
「レン……大変だったな」
 椅子から立ち上がり、両手を広げて最愛の妃を迎えると、王妃は素直にその腕の中に入り、「むう」と唇をとがらせた。
 世間では「戦場を駆ける白鬼」、「最強の武人」などと呼ばれているレンが、こんな無防備な顔をすることもあると、一体誰が想像するだろう?
 王はクチバシのようにとがった唇にキスをして、ふふっと笑みを浮かべながら王妃の体を抱き締めた。
 湯上りの王妃の体は、ほんのり温かくて花のような匂いがする。
「慰めてやろーか?」
 ニヤリと笑いながらアゴをとらえ、上向かせると、レンはくすっと頬を緩め、「夜に、ね」と王を押し返した。

 その後朝食を摂りながら、王はレンからも今朝の状況を詳しく聞いた。
 悲鳴を聞いて入り込んだ先は、ひと気のない路地裏の袋小路だったこと。悲鳴の主だろう女は、腰を抜かして地面に座り込んでいたこと。女にケガはなかったこと――。
 レンからの報告を受け、王は「んん」と低く唸った。
「犯人の姿は見たのか?」
「逆光で、見えなかっ、た」
 朝方のことなので、そう言うからには犯人は東側に背を向けていたのだろう。
「1人じゃねーんだろう?」
「見た、のは、1人。けど、足音は複数、聞こえた」
「その女は犯人を見てねーのか?」
 王の問いに、首を振るレン。「訊、けるような状態じゃ、なかった」と、とつとつと説明され、王は再び「うーん」と唸った。

 状況から考えるに、きっとレンが先頭に立って路地裏に向かったのだろう。
 王妃という自覚がないとは思っていないが、レンには今一つ自分の身を大事にしないところがある。
 自身の強さを過信しているという意味ではない。ただ、こういう時に兵士に「行け」と命令することがあまりなくて、それが王には不満だった。
「お前……悲鳴が聞こえたからって、自分で見に行くな。兵に行かせろ」
 王の小言に、「わ、かってる、よ」と答える王妃は、不服そうではあるものの、一応反省はしているようだ。
 ケガをするより、罠にかかってベタベタになる方がこたえたらしい。
 ぷんぷんと怒っていたのは、自分の失態に対してだろうか?
 罠でベタベタになっている状況を想像すると、可愛いと思えなくもないが、兵士たちが一緒でなかったらと思うと不安になる。
 レンは本当に巻き込まれただけなのか?
 王妃自身を狙った罠ではないのか?
 悲鳴を上げた女も仲間ではないか?
「考え過ぎ、だ」
 王妃は王の懸念に苦笑したが、タカヤにはそうとは思えなかった。

「オレ、なんか攫っても、仕方ない、でしょ」
「んなことねーよ!」
 王妃の自虐的な言葉に、王はすかさず反論する。水を飲んでいたゴブレットをドン、と乱暴に置くと、テーブルの上の食器がガチャンと揺れた。
 皿からぽろりとこぼれたブドウを「も、お」とつまみ上げ、それを口に入れて、王妃が王をちらりと見上げる。
 琥珀色の大きな瞳には、呆れと共に喜びと愛情が混じっていて、王はわずかに溜飲を下げた。
「お前が人質にされたら、オレだって冷静じゃいられねぇ」
「何言ってん、の」
 王の言葉に、今度は王妃が苦笑した。
 その微笑みに、焦りは見えない。王が本当に冷静さを失うことはないと、分かっているような口ぶりだった。

(続く)

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