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小説 3
王妃の送迎・1 (虜囚の花嫁の続編)
※この話は、虜囚の花嫁白鬼の復活 の続編になります。






 王弟であるシュン王子を、西の隣国に留学させようと思う。
 午後の会議で国王アベ=タカヤからその話を聞いたとき、王妃レンは意外に思った。留学とは名ばかりの、結婚活動だと気付いたからだ。
 王族の婚姻は、政治的な思惑が絡み合う。
 他国との婚姻による繋がりは、国家間の勢力図にも関わる重大事だ。そこに個人の意思など、差し挟まれることは滅多にない。
 元は北の隣国ミホシの王子だったレンも、その点は勿論分かっている。
 ただ、シュン王子の名前が出たことが意外だった。
「う、えっ、大丈夫、なの?」
 思わず訊くと、その場にいた重臣たちが、どういう意味かとざわめいた。
「何か問題でも?」
「不穏な動きでもございますでしょうか?」

 この手の話題に重臣たちが敏感になるのは、仕方のないことだろう。
 長く続いた戦争が終わってから、まだ2年も経っていない。ミホシと同盟を結び、国家間としては落ち着いたものの、市井にまでその空気は伝わらない。
 各地に小さな諍いや争乱が絶えず、たびたび起こる問題を、イタチごっこのように鎮静させている状態だ。
 それらがいつ、大きな火種に成長するかは分からない。束の間の平和に気を抜くことはできなかった。
 ただ、この件に関しては、それ以前の問題だ。
「そういうんじゃなく、て。シュン王子、だよ。トウセイに行かせてもいい、の?」
 西の隣国トウセイは、長き戦乱の時代においても、ずっと中立を守り続けていた国だった。
 古い歴史を誇る王国で、女系王家を戴いている。つまり、君主は女王であり、後継ぎも王女。
 その王女は今年16歳になるハズで――その婿選びをするのに先んじて、周辺各国から留学生を募っているらしい。
 もし縁談がまとまれば、時期女王の配偶者、王配にもなれる。それはめでたいことだし、国としても有意義なのだが。

「シュン王子、てっきり王太子にするんだと思って、た」
 レンの驚きを交えた呟きに、アベ王は「ああ……」と言葉を濁した。

 若き王、アベ=タカヤの妃はたったひとり。北隣のミホシから戦勝の証にと連れて来た、ミホシ王の甥、レンだけだ。
 かつて「ミホシの白鬼将軍」と呼ばれ、恐れられた敵将も、今は王の正妃として臣下や国民に認められ、慕われている。
 客観的に言って、夫婦仲もよい。
 レンが王の元に来て以来、王がレン以外を抱くことはなかったし、側室をどんなに勧められても、1人として迎え入れることはなかった。
 そしてそれらは、おおむね好意的に受け入れられていたのだが――1つだけ難を言うとすれば、男同士、世継ぎに恵まれないということだろう。
 今現在、この国に王太子は存在しない。
 まだアベ王は若いし、それほど焦って後人を決める必要はないものの、王位に最も近いのは、王弟であるシュン王子だと断言しても良いだろう。
 その、世継ぎ候補の王子を、トウセイに?
 レンの問いに、アベ王は会議の場では理由を明言しなかった。ただ、重臣たちが意味深に視線を交わしていて、何かあるのだろうな、と、それくらいはレンにも分かった。

 実の所、レンがシュン王子に会ったのは王との婚姻の時だけだ。
 結婚の式と、国民の前でのパレード、そして何週間も続いた王城での祝賀会……。それから1年余りが経ち、今はもう懐かしい気もしているが、華々しい行事だった。
 その時に会った、王弟王子。
 普段は王城から遠く離れた離宮で、ひっそり暮らしているらしい。
 明るい性格のようで、声を掛ければ快活に受け答えしてくれたが、祝賀パーティでは人の輪に入らず、ひっそりたたずんでいた記憶がある。
 身の安全を心配するほど、仲がいい訳ではない。
 ほんの数回顔を合わせ、社交辞令じみた挨拶を交わしたきりの関係だ。
 それでも何となく気にかかるのは――シュン王子が、亡くした従弟王子と同年代だからだろう。

 ミホシの王太子だったリュウ王子を殺したのは、アベ王だ。
 リュウ王子は当時まだ13歳で、初陣だった。
 あの時の刹那の怒りと空しさは、時々思い出すたびレンの心をぐさりと切り裂く。けれど、レン自身も将軍として、たくさんの兵を手に掛けたのも事実だ。
 戦争だったのだから、仕方ない。
 過去をしっかりと眺めつつ、前に進むしかなかった。

 レンの内心の憂いに、アベ王はしっかり気付いていたらしい。
「シュンのことが、気にかかるか?」
 公務をすべて終えた後、2人でゆったりと浸かる湯の中で、こそりと訊かれた。
 武人らしく鍛えた、たくましい王の腕がレンを緩く抱き締める。。筋肉に包まれた、力強い腕だ。王妃である前に武人でもある自分より、はるかに体格がいいのはなぜだろう?
 その広い肩に、促されるまま腕を回して、レンは「うん……」とうなずいた。
 何十人もが1度に入れるだろう、広い浴槽。
 何代か前には女たちをはべらせ、酒池肉林を繰り広げたに違いないだろう浴室も、今は王と王妃、それに世話係の数人の召使いたちがいるだけだ。
 体を洗うのを手伝ってくれる召使いは、この浴室で何が起きようと、見ぬふり聞かぬふりを通してくれる。

 ちゅ、と塞がれる唇。
 召使いに構うことなく、王の指がレンに触れる。
 たちまち深くなる口接けに、レンは「ん……」と声を漏らした。
 温かな湯の中で、こんな風に抱き寄せられ、目を閉じて口接けを受けていると、ふわりと意識が浮かび上がって、平衡感覚がおかしくなる。
 ――気持ちイイ。
 背中をするりと撫でられて、びくりと腰が跳ねる。
「んっ、別に、反対じゃないんだ、よ?」
 うかがうように言うと、「分かってる」と目元に軽くキスされた。
「オレらに子供ができりゃいーんだ。だから、精々励もうぜ」

「なっ、できる訳……」
 ないでしょ、というセリフは、王に唇を塞がれて消えた。

(続く)

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