小説 2
8 質問
タジマの後をついて現場に行くと、何人かの作業員が、二人掛かりで木を切り倒してるところだった。闇雲に切ってるわけじゃなくて、ちゃんと太さなんかを選んでるようだ。
「それ、運んどけ」
斧を持ったオヤジに言われて、切ったばかりの木を持ち上げる。オレと廉にとって、これはそう重い物じゃなかった。けど森の中を、木々の合間を縫って何往復もするのは、疲れる作業だった。
どうも、この「切った木を運ぶ係」が、分業してる中で、一番キツイみてーだな。
「おっ、若いの、結構やるな」
「ムリすんなよ」
次々と木を運んでると、見知らぬ男達に声を掛けられる。認められてるって思うと、悪い気はしなかった。
タジマやユウトがバテて休みがちになっても、オレと廉は「休憩ー!」と号令があるまで、黙々と運び続けた。こんな肉体労働したのは初めてだ。
「はー、汗かいたな」
「うん、オレ、働いた」
廉のふわふわの髪も、汗で濡れて額に張り付いてる。それでも廉は、気持ちよさそうに笑ってた。オレもだ。体動かした後の一休みが、こんな気持ちいいもんだって知らなかった。
休憩時間になって、大人も若いのも、汗を流しに河に入ってる。
「水、飲んどけよー」
さっきのヒゲオヤジが言って回ってるが、どこにも給水所なんてないとこを見ると、やっぱ、大河の水をそのまま飲めって事なんだろう。
「汗流しに行こうぜ」
タジマに誘われ、オレ達も大河に入った。水深は腰くらいまで、そう深くない。水は澄んでて、冷たくて、気持ちいい。一歩足を踏み入れただけで、水の気がオレと廉を満たした。
廉はうっとりとした顔で、水の中に潜ってる。気持ちいいよな、分かる。オレも気持ちいい。
濡れたシャツが乾くまで休憩、というので、みんなと一緒に脱いで、その辺に並べて干しておく。背中の文様が露になるが、誰も気にしねーだろうと思ったし、実際、何も言われなかった。
広場では、女達が炊き出しをやってた。
昼飯には遅いし、夕飯には早い。けど、確かに腹ペコだ。スゲーいい匂いがする。
タジマの母親も、炊き出し係に入ってたらしい。オレと廉に椀を差し出し、「息子のお友達なの?」と話しかけてきた。おっとりした感じの母親だった。顔はともかく、雰囲気は全然似てねー。
タジマにそう言うと、ケラケラ笑ってた。
椀の中身は、何かよく分からない、どろっとした感じの粥だった。でも、働いた後だからか、それとも皆で食うからか? 城で出される料理より、美味い気がした。
二人して夢中で食べてると、森の入り口の方が騒がしくなった。
「うわっ、何だ?」
「見ろ! 大変だ!」
椀を持ったまま見に行くと、すぐに騒ぎの理由が分かった。
大勢の鹿やイノシシ、大小の猿、狼、熊までもが集まり、廉に挨拶しに来てたんだ。オレ達が近付くと、動物達は一斉に頭を下げ、礼をした。廉はいつものように右手を挙げ、それに応えた。
不思議なことじゃなかった。廉は王だ。
相変わらず、オレ達は動物には好かれてる。
広場が、しんと静まりかえった。
オレは持ったままだった椀を、タジマの母親に差し出した。
「美味かった、あんがとな」
礼を言うとタジマの母は、おっとりと笑って受け取った。
さっき干したばかりの生乾きのシャツを取りに行く。側に座ってた連中が、驚いたように脇に避ける。まあ、予想通りの反応だ。動物達にバラされたんじゃ、怒るに怒れねーし。
廉の側に戻り、右手を一閃させて動物達を追い払う。森に背を向け、廉の肩を抱き寄せ、オレは広場を見回した。
「ユウト」
名を呼ぶと、ユウトは「はいっ!」と返事して立ち上がった。
「お前に聞きたいことがあったんだ」
「な、な、な、なんでしょう?」
その答え方に苦笑する。
「敬語使うな、どもるな、普通にしろ。……あのな、この前、オレお前に聞いたよな。ニシウ・ラーにも連れてけるぞって。なんでお前、身分制度のねぇあの国より、こっちに残ることを選んだんだ?」
それはずっと疑問だった。もっかい会えたら聞いてみてーと思ってた。けど、ユウトは即答した。
「この国が好きだから、です!」
「そうか……」
オレはユウトから目を逸らし、大河を見た。傾きかけた陽の光を受けて、美しく輝く水面を。澄んだ水を。その周りに広がる、豊かな森を。
トーダ・キタにあって、ニシウ・ラーにないものを。
ユウトの気持ちも少しは分かる。少なくとも、この国の自然は最高だ。
「お前らはどうなんだ?」
タジマが言った。
怯えも、恐れもない。笑ってもない、真っ直ぐな目でオレ達を見てる。
オレと廉は顔を見合わせ、笑った。
「まあ、悪くねーな」
その答えに、なぜか、広場中の皆がどっと沸いた。
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