小説 2 7 作業 大河の上流、とタジマのばーさんは言ったが、上空から見れば、石切り場も材木採取場も、そんな上流にある訳じゃなかった。 廉と一緒にあちこちを飛んだが、そういえばこっちの方には来た事が無かったな、と思う。 やや離れた場所に、いつものように上空から飛び降りる。 むせ返るような緑の匂い。いや、土の匂いか? 都会育ちのオレには、まるで馴染みのねぇ匂いだ。以前のオレなら「臭い」って切り捨てたんだろうが、今は……悪くない。 なんだか全てに歓迎されてる感じがして、気分が良かった。 あちこちから、カーン、カーンと音が響く。木を切る音なんかな。オレ達はその音を頼りに、そちらの方へ移動した。 道中、小さな動物や鳥達が、廉に挨拶に来た。廉は歩きながら右手を挙げ、礼を返した。 海から来たのに、森の王でもあるんだな。 誇らしさに微笑みながら、木立を抜ける。人の気配を感じて、小動物たちを追い払い、様子を伺うと……広場には100人程の人間が、にぎやかに働いてた。 どうも分業して仕事してるみてーで、木を切る係、運ぶ係、枝を落とす係、ロープで縛る係、と様々だ。ロープで材木を縛った後は、大河に落として浮かべてる。成程、河を使えば楽に下まで運べるよな。 さすが西の人間だから、背の高ぇ奴が多い。けど、中にはそうでもねぇ奴らもいて、よく見ればオレと同年代くらいだ。 その中に、見覚えのある顔があった。廉も気付いたみてーで、オレの服のすそを引く。以前、国境近くの町で助けてやった兄弟の、兄の方だ。 あいつにはオレ達の顔、覚えられてっかも知んねー。こりゃ、今日は近付くのやめた方がいいかな? 廉と顔を見合わせ、森の中に引き返そうとした時……声を掛けられた。 「帰んのか?」 振り向くと、タジマがいた。 「お前……びっくりさせんなよ」 全く気配を感じなかった。さすが同業者。 「びっくりさせんのは、お前らだろ? まさか、ここで会うとは思わなかったぜ」 無邪気に言われて苦笑する。 「オレだってそうだよ。今日、お前ん家に行ったんだぜ」 「へー。そりゃ悪かったな」 そんなことを話していると、一番気付いて欲しくねー奴に気付かれた。 「あ、あのっ」 助けてやった兄の方だ。そいつはオレ達の足元に、飛びつくような勢いでひざまずき、頭を地面にこすり付けた。 「せ、せ、せ、先日はありがとうございました!」 「うわ、やめろ」 オレは慌てて飛びのいた。 「ちょっと待て。いいから、立て」 立ってくれ、とか言ってもきいてくれなそうなんで、命令してみる。すると思った通り、奴はぴょんっと立ち上がった。 「礼とかいいし。もう気にすんな」 「で、で、でも、お金まで戴いて。しかも、あんな大金を」 今度は直立不動のままで言われると、どうしたもんかと思う。 「あー、あの金は、あん時の酔っ払いから頂戴したもんだから。慰謝料と思って受け取っとけ」 そいつは意味が分かんなかったみてーだが、タジマにはさすが通じたみてーで、ニヤニヤ笑われた。元希ならゲンコツ飛んで来んだろうけど、同業者はやっぱ、こんな時いーよな。 「とにかく、いいか、普通にしろ。ひざまずくな。敬語使うな。どもるな。……オレはタカヤだ。こいつはレン。タジマのことは知ってっか?」 そいつは一々大きくうなずき、どもらずに名を言った。 「オレはユウトです」 そして、初めてオレ達に笑った。何か気の抜けるような、ほにゃっとした笑みだった。 4人で固まってると、さぼってると思われたらしい。 「おい、そこの若いの!」 と大柄なヒゲオヤジに注意された。 「もう充分休んだだろ、切ったの取りに行って来い」 「はーい」 タジマが返事をして、「行こうぜ」と駆け出した。ユウトはオレ達に軽く頭を下げ、タジマの後をついて行く。その背中を見送ってると、タジマが走って戻って来た。 「行かねーの?」 え、行くって、作業にか? 「いやー、オレ達、肉体労働は……」 「やんねーの?」 タジマから笑みがふっと消える。初対面のときみてーな、探るような目。 廉を見ると、一緒に行きたそうな顔をしてる。 「お前、やりてーか?」 廉が迷わずうなずいたので、オレはため息をついた。 「あー、じゃあ、ちょっとだけな」 タジマはニカッと笑って、「決まりだな」と言った。 [*前へ][次へ#] |