小説 2 6 材木 相変わらず食事は、朝昼晩と、部屋に運ばれてくる。晩餐とか、家族団らんとかには、どうもお呼びじゃねーらしい。まあ、呼ばれても作法とかウゼーし、食事がマズくなるだけだし、いーんだけどさ。 テーブルに載ったカゴから、ブドウを摘む。果物は嫌いじゃねーけど、わざわざ皮剥いてまでは食べたくない。けど廉は、こういう甘いものが好きだ。放っておくと皮ごと平気で食べたりすっから、召使に何個かは剥かせておく。 そういや、城下町の市場にも、色んな果物が売ってたな。穀物だけじゃなく、こういう果物も豊作なのはいいことだ。 「廉」 果物に夢中になってんのを、肩を抱いて振り向かせる。琥珀の瞳が煌めいてる。スゲー機嫌がいいらしい。 果物好きなのはいいけどさ、ニシウ・ラーには、そんな色々売ってねーぞ? 田舎と違って、農業、盛んじゃねーんだからさ。けど、そんな事を言い聞かせたら、帰るのヤダとか言ったりするかな? こいつの我がままって、聞いたことねーけど。 ブドウを咥えて顔を近づけると、ぺろりとブドウだけ奪われた。 こいつ……。 苦笑して、無理矢理唇を奪う。いろんな果物の味がする、甘いキス。頬や喉に舌を這わせると、果汁が飛び散ってんのか、あちこち甘い。 「もう、隆也、オレまだ食べてるの、に」 廉が小さく抗議する。けど、そんなの嫌がってる内に入んねーし。 「いいぜ、食ってろよ」 テーブルの上、果物カゴの隣に押し倒す。 そのまま甘い肌を味わっていると、コンコンと扉がノックされた。 何だ、今、イイトコなのに! 苛立ち交じりで視線を向けると、召使が言った。 「失礼致します、殿下。ムサシ・ノウの紅水姫様がお呼びでいらっしゃいます」 「直姫が? 何の用で?」 「申し訳ございません、伺ってございません」 使えねぇ伝言だな、と思ったけど、直姫に呼ばれてるんなら行くしかねぇ。 廉をテーブルから抱き起こし、果汁まみれの顔を手水鉢の水で洗ってやると、召使がさっとタオルをオレに渡した。 「お、悪ぃ」 と言って受け取ると、びっくりしたような顔をされる。何だよ、オレだって普通に礼ぐらい言うっての。 そんなにオレ達って、凶悪な印象? 城下町で見かけた、似ても似つかねー肖像画を思い出す。まあ、ああいう印象持ってんなら、礼言われたらビビるよな。 案内されたのは、一つ上の階の客間だった。直姫の為に用意された部屋だ。でも姫は、ほとんど元希の看病に付きっ切りで、寝る時くらいしか使ってねーらしい。 「わざわざ呼びたててすまなかった」 直姫はオレと廉に、ソファーに座るよう促した。 「いえ、何の御用でしょう。兄上のことですか?」 元希には、昨日の会議の後でちょっとだけ会えたが、眠ってたので、声は掛けてねぇ。でも顔色が随分良くなってた。起き上がって、粥くらいは食えるようになったって聞いた。 もう、預かってる指輪も返せんじゃねーか? そう思うけど、誰かに託すのも失礼だし。直接返したかったけど、なかなか会わせて貰えなかった。 「あの死に損ないの事ではない」 直姫はつんっと否定した。けど、元希がいねー時の直姫は、なんか勢いがねーし、歯切れも悪い。 ……なんてこと、本人に言ったら蹴られそうだから言わねーけど。 直姫が低い声で言った。 「実はすぐに、国に帰ることになった」 国にって……ムサシ・ノウにか? 「何故ですか? だってまだ元希は」 完全に回復してないのに、と言いかけて、口ごもる。そんなコト直姫が、一番よく分かってるよな。望んで帰りたいって訳じゃなさそうだし。 姫はすこし目を伏せて、考え事するかのように、眉根を寄せてる。 「昨日、秋丸が持ち帰った書状に、わたくしを早く返すようにと書かれてあった、らしい」 「ああ、確かに、ご心配されているでしょう」 ビジョーに襲われ、孵化した廉にこの国に運ばれてきてから、直姫は一度もムサシ・ノウに帰ってねぇ。いくら居場所が分かってるっつっても、周りの者は心配すんだろう。 「一旦、お帰りになった方がいいのでは?」 直姫は、ためらうようにうなずいた。 なんか、心配事でもあんのかな? 元希のことか? でも安定してきてるし、命の心配はなくなったんだろ? そう言うと、直姫は「そうではない」と首を振った。心配なのは、元希なんかじゃなさそうだった。 昼食を食べた後、タジマに会いに行った。けど、稼ぎに行ってるみてーで、狭い家には年寄りしかいなかった。 「これ、土産です」 朝、食い残した果物を、タジマのばーさんに渡しておく。食い残しのリンゴとかイチジクだけど、スゲー喜ばれた。まあ、王城で出された果物だし、高級なんかもな。 「タジマのご両親は、どこでお仕事されてんすか?」 ふと思いついて聞くと、両親共に、大河の上流で木材を採ったり、石を切ったりしてるらしい。女に力仕事はムリだから、母親の方は多分、飯炊きとかの担当なんだろう。 「材木が急に入用になったって言ってね。大勢の人足が集められてるよ」 お城は何を作りなさんのかねぇ? そう言ってばーさんは、のんびり笑った。 「材木っすか」 木で作んなら、橋か? 投石器か? それとも剣を鍛えるための薪にすんのか? 何にしろ、ようやく準備が始まったってことだな。 オレはタジマのばーさん達に、「タジマによろしく」と告げて、石切り場を見に行くことにした。 「食事でも」 とまた言われたが、水だけ貰って断った。コップに入れてくれたのは、やっぱり大河の水だった。 [*前へ][次へ#] |