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小説 2
2 アジト
 しゃがみこんでいた田島が、すっと腰を上げ、太ももの辺りをパンパンと払いながら、オレ達に言った。
「なあ、腹へってねーか?」
「いや………」
 オレは首を振った。
 けど、タジマはまるで気にせず、「うち来いよ」と笑った。誘ってんのか? 何考えてる?
 迷ってんのを見抜くみてーに、タジマが一瞬、笑みを消した。けど、またすぐにニカッと笑う。
「ケーカイすんなよ。別に何も企んでねーし」
「いや、警戒っつーか……」

「ゲンミツに普通の家だぜ。スリのアジトとかじゃねーよ」

 スリのアジト。
 妙な言い方に、つい笑っちまった。
「残念だな。ニシウ・ラーのオレの家は、スリのアジトだったぜ」
 孤児ばかりが集まって、スリで生活費を稼いでた。チヨだってチビ共だって、オレ達が持ち帰る金が、スリの戦利品だって解ってた。
 あれがスリのアジトじゃねーなら、何だってんだ?

「へーぇ、そりゃスゲーな!」
 タジマが面白そうに笑った。
 その笑顔を見て、ちょっと肩の力が抜ける。警戒する事ぁねーのか。こいつはスリ仲間だ。
「お前、普通の家に住んでて、スリやってんのか? そっちのがスゲーと思うけど」
「そーかぁ?」
「あー。オレらは孤児ばっか集まってたし。仕方ねーってのは言い訳だけど、まあ、やっぱマジ、金は必要だったかんな」
 タジマは「ふーん」と応え、ゆっくりと川沿いを歩き始めた。

 オレは廉の肩を抱き、タジマの後ろを歩きながら訊いた。
「お前は覚えてっか? ニシウ・ラーの家のこと」
 廉は少し首をかしげ、曖昧にうなずいた。
「オレ、いつも留守番、だった」
「あー、そうな」
 ってか、真っ先に出るのがそれかよ。
「留守番、イヤだったか?」
「うん、隆也がいない、の、不安だった」
 真剣な目で言われて、口元が緩む。「悪ぃ」と謝りながら、肩を抱く手に力を込める。
 あん時レンはまだ卵で、オレの後ろを付いて来るしかできなかった。会話すらできなくて、視線も合わねーで。

「でも、夜はずっと、隆也と一緒。い、今と、同じ」

 つっかえながら、そんな事を言って、廉はほんのり頬を染めた。
 うわ、ヤベー。もう、今すぐ帰って抱き締めてぇ!
 オレは下半身に血を集中させねーよう、廉の肩から手を離した。廉はちょっと不満げにしたが、オレの顔を見て何か察したのか、幸せそうに笑った。



 案内されたタジマの家は、大河の堤防沿いにごちゃごちゃ建てられた、貧民窟のような場所にあった。大河の水面よりも、低いところに入り口がある。と、いうことは。
「ここってさ、河があふれたらヤバクね?」
 もし堤防が決壊したら、水はドッとこの辺に押し寄せるだろう。下手したら、家の中まで浸水する可能性もある。
「あー、そーいう事は、滅多にねーから」
 タジマが事も無げに言った。
「たまには、あんのかよ」
 オレの問いには鼻で笑って、タジマが家の中に声を掛けた。

「たっだいまー!」

 びっくりしたのは、1部屋しかなかったからだ。寝室と居間と食堂を兼ねた部屋。
 その1部屋だって、城のオレの部屋の半分もねぇ。あとは、調理場もトイレも、この界隈の連中と共同らしい。湯浴みなんてのは、大河にドボン、で済ますと聞いて、開いた口が塞がんなかった。
 で、その狭い部屋に座り込んでる年寄りが4人。ひいじーさんと、ひいばーさんと、じーさんと、ばーさん。今は働きに行ってる両親。
「じゃあお前、7人家族か?」
「いーや、12人。後は兄貴が二人と、姉貴が二人と、兄貴の嫁が一人」
 オレは部屋を見回した。どう考えても、12人は寝らんなくねーか? ベッドなんてのは勿論ない。硬そうな漆喰の床に、雑魚寝か。
「兄弟多いと、大変じゃねぇ?」
 オレが尋ねると、タジマは「全然」と笑った。

 食事でも、と誘われたが、オレ達は水だけ貰って断った。
 その水も、まさかとは思ったが、河の水そのままをカメに溜めたものらしい。別に、いーけどさ。
 いろいろと逞しいよな。

 タジマには「また来る」と約束して、オレ達はタジマのアジトを後にした。



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