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小説 1−8
待ち受け・後編 (R15) 
 三橋さんちに代引きで荷物を届けた後、その日は1日、動揺が治まんなかった。
 オレだってプロだし。いくら動揺してたって誤配なんかはする訳ねーけど、道は間違えるし、配送の順番は間違えるしで、落ち込むくらいにグダグダだった。
 要領はイイ方だってよく言われんのに、こんなにダメなの初めてだ。顔に出したつもりはなかったけど、本部に帰った後、仲間に心配された。
「阿部、どうした? セクシーなお姉さんに誘われたか?」
 先輩スタッフにからかわれ、はははっ、と笑われる。
「んなモンじゃねーっスよ」
 そう、セクシーなお姉さんとか、そんなんじゃなかった。セクシーだけど、お姉さんじゃねぇ。色白ツヤ肌の同年代の男だ。
 それにゲンミツに言うと、誘われた訳じゃなかった。けど、いくら思い出しても誘われたとしか思えなくて、カッと頬が熱くなる。

 参考までに言うと、届け先で妙齢の美女に誘われるってのは、確かによく聞く噂の1つだ。「休んで行きませんか?」とか言われて、ついフラッと……って。
 つっても、そういうのはオレは、都市伝説の一種だと思ってる。
 飲み会の席で、武勇伝っぽくホラ吹くおっさんが何人かいて、それが広まっただけだろう。
 誘われることは現実にあっても、フラッと行くことは有り得ねぇ。なんでかっつーと、配達ノルマがキツキツだからだ。1分1秒でも惜しいのに、呑気にご休憩してる暇なんかねぇ。
 そりゃあ自宅に配達する以上、リラックスした格好なのは当たり前だ。
 キャミソール姿やパジャマ姿で応対されることもあるし、ボサボサ髪だったり、サロンパス貼りまくった格好だったり、色々だ。
 三橋さんみてーに毎回じゃねぇけど、半裸の男なんてザラだし、慣れてるし、ビックリしたって顔に出さねぇよう教育される。

 けど、今回はマジ、冷静じゃいらんなかった。
 あらかじめ電話連絡してからの、代引き配達。支度する時間は十分あったハズだし、いきなりピンポン鳴らした訳じゃねーのに。なんでアイツ、バスタオル1枚だったんだろう?
 女みてーに胸元できゅっと真っ白なバスタオル巻いて、色っぽいにもホドがある。
「あっ……出直した方がいーっスか?」
 平静を装いつつ目を逸らしたオレを、三橋さんは「待って」って引き留めた。
「い、いい、です。このまま、で。だって、すぐ、でしょ?」
 って。
 いや確かに、金とハンコ貰って荷物渡すだけだし、すぐだけど。すぐだけど……どうなんだ?
 幅広のタオルの裾は尻のラインのギリギリくらいで、その下がどうなってんのか気になって仕方なかった。
「は、はしたなくて、ごめんな、さい」
 って。タオルの丈を気にしながら、赤い顔でふにゃっと笑われて、ドキッとしたのは勿論だ。

 客にそんなこと言われたら、「いや、別に」としか答えようがねーだろう。
「えーと、3840円っスね」
 箱に貼られた伝票を凝視して、その白い肌から目ェ逸らすしかなかった。
 ヤベェ。すげーヤベェ。
「4000円から、お釣りくだ、さい」
 差し出された札を受け取る時も、釣り銭に160円渡すときも、白いタオルと白い肌が、ちらちらちらちら目に入る。
 バスタオルのすそを、もじもじ引っ張ってんのがヤベェくらいエロい。

 極めつけは、荷物の箱を渡した直後だ。
「ふあっ」
 目の前でそんな声訊かされて、固まるくらいビックリした。何かと思って目をやって、さらにビックリした。
 ずっとすそを引っ張りまくってたから、緩んだんだろう。胸元でキュッと締められてたハズのバスタオルがほどけて、はらっと落ちてくのがスローモーションで見えた。
 三橋さんが「きゃっ」って声を上げたのと、タオルがパサッと床に落ちたのと、ほぼ同時で。
 箱を抱えてしゃがみ込む彼の細い肩や、キレイな胸、羞恥に染まる裸の背中を見せられて、平常心が粉々に砕けた。
 その後はガラにもなく動揺しまくりで、ミスばっかやっちまったけど、オレはむしろ、襲いかかんなかった自分の理性を誉めてやりてぇ。
 仕事中だし、配達予定はギッシリだし、ご休憩してる場合じゃねーんだけど、ホントにマジで、ヤバかった。
 次に配達あるとき、一体どんな顔して行きゃいーんだ? 「服着てますか?」って電話で訊くべき? それとも大きなお世話ってヤツか?


 三橋さんトコにまた、代引きの配達があるって気付いたのは、それから1週間後のことだった。
 今度は逆に、そこに行くまでの間、仕事に集中できなかった。効率よく配達するためのルートを配送車でたどりつつ、ドキドキして仕方ねぇ。
 頭ん中はアイツんことでいっぱいで、早く行きてーのか行きたくねーのか、自分でも分かんなかった。
 事前連絡するために、ケータイを取り出して耳に当てる。
「毎度どーも、西浦急便です」
 平静を装っていつものセリフを口にすると、電話口で小さく息を呑む音が聞こえた。
『あ、あ、あの、この前は、すみません……』
 ドモりまくりながら謝罪されたら、「いや、まあ」としか言いようがねぇ。
 謝ることなんか何もねーっつーか、むしろ目の保養だったっつーか、そんな思いがぐるぐると頭ん中で空回る。

「今日は何か、上に着といてくださいよ」
 迷った末にそう言って、電話を切った後、ため息が出た。
 受取人がどんな格好で戸を開けようと、それは相手の自由だ。オレらが口出すことじゃねぇ。けど、言わずにはいらんなかった。
 またあのツヤ肌なんか見せられたら、理性がどこまで保つか自信がねぇ。
 細い肩も、細い腰も、キレイな胸も足も全部好みで、性別の壁なんか、軽く飛び越えちまいそうで怖ぇ。
 仕事中だっつの。クビになったらどうすんだ?

 配送車をアパートの前に停車させ、荷台から荷物を運び出す。段ボール箱を抱え、鉄の階段をカンカンと昇って、2階の奥の部屋に向かう。
 深呼吸の後、ピンポーンと呼び鈴を押すと、いつも通り『は、い』って応じる声がした。間もなくカタンと内鍵の音がして、アイボリーの鉄扉が開かれる。
 やがて現れた三橋さんを見て、いつも以上にドキッとした。
「こ、これなら、いーです、か?」
 もじもじと言われて、「……ああ」って力なくうなずく。三橋さんは全裸の上に、赤いエプロン着けただけだった。
 確かに「上に何か着ろ」つったけど、そうじゃねーだろ? まだパンツ1枚の方がマシだ。エプロンの前当てから、奇跡の乳首がちらちら見えてて、エロいなんてもんじゃねぇ。
「幾らです、か?」
 こてんと首を傾げられ、上目遣いで顔を覗き込まれて、不覚にもくらっと目眩がした。
「あっ、ハンコ」
 って。くるっと後ろを向いた尻から、ふさっと出てる茶色い尻尾って一体、何なんだ!?

 ディルドってこれか――と、頭が理解するより早く、玄関の中に1歩踏み入れる。
 これ、誘ってるだろ? 誘ってるよな?
 尻尾を掴んでぐいっと引くと、三橋さんが「あぅん」と鳴いて、キレイな白い背中を逸らした。
 ずるっとそれを引き抜いた後には、真っ赤に熟れた穴があって。

 仕事中だ、とか、客だぞ、とか、配送ノルマが……なんて、なけなしの理性の絶叫は、「来、て」って誘い文句の前に、何の効果もなさそうだった。

   (終)

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あきゅろす。
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