小説 1−8
待ち受け・前編 (社会人・宅配業者阿部)
※この話は、待ち伏せ と対になっています。
宅配便の仕事上、荷物を送り先に届ける前に、事前に電話連絡することがたまにある。例えば代引きの時だ。
代引き、つまり代金引換貨物っつーのは、荷物を相手先に届け、引き換えに商品の代金を預かるっつーサービスのこと。
手数料かかるから割高にはなるけど、ネット通販する時に便利だし、ネットクレジットより手軽で安全だ。いつも代引き使ってる常連もいる。
この代引きで荷物を届ける時は、必ず事前に連絡するようにってんのが、うちの会社での決まり事だ。
電話で伝えんのは、在宅かどうかと、荷主や金額の確認。「現金のみです」って用意を頼んで、訪問の許可を取る。
頼んでもねぇガラクタやゴミを勝手に代引きで送りつける、代引き詐欺ってのがあるからな。
それに受け取る側としても、代金の用意があったり、留守がちだったり、家族に知られたくねぇ荷物だったりした場合は、事前に連絡欲しいみてーだ。
最近は固定電話よりケータイ番号書かれてる方が多いから、留守電になってることも多いけど、そういう場合は折り返し連絡を頼みゃいい。
こっちとしても、2度手間が防げて助かってた。
「毎度どーも、西浦急便です。三橋さんでよろしーでしょーか?」
束になった伝票を見ながら、届け先に連絡を入れる。
この三橋って人は、よく代引きを利用する常連客の1人だ。つっても通販だし、宅配業者を選ぶのは差出人の業者だから、常連さんっつー呼び方はおかしいけどな。
まあともかく常連なので、話も早い。
「あっ、ま、毎度。いつでもどう、ぞ」
説明もろくにしねーまま、あっさりとそう言ってくれた。
「2100円です。すぐに行きます」
代金を告げて、電話を切る。
生来のせっかちで、まだるっこしいやり取りは苦手だから、話の早ぇのはスゲー助かる。
助かるんだけど――それ以外がちょっと、問題だった。
アパートの前に配送車を停めて、三橋さん宛の荷物を取り出す。
大体いつも決まった通販業者の箱だけど、今日は珍しく無地の箱だ。何が入ってんのか妙に軽い。
小脇に抱えて外付けの鉄階段をカンカン上がると、目的の201号室は目の前だ。
荷物を担いだままピンポーンと呼び鈴を押すと、すぐにインターホンのスピーカーから『はっ、はい』と応じる声がした。
ドアの前で待ってると、間もなく内鍵がカタンと開いて、アイボリー色の鉄扉がバッと開く。
その途端、いつものように白い肌が目に飛び込んできて、うわっ、と思った。
「あの、2100円で、いーです、か?」
オレが何も言わねーまま、ピッタリの代金を用意して待っててくれんのは、割と助かる。
何しろ、配達ノルマは山積みだし。1分1秒でも早く済ませてぇから、ハンコもサッと用意してくれんのも助かる。荷物を、パッと受け取ってくれんのも助かる。
けど、その「助かる」って思いが毎度毎度打ち消されんのは、コイツがいつも半裸だからだ。
見ねぇように、見ねぇようにって思っても、つい目を奪われる白い肌。
ムダ肉もムダ毛もねぇ細い体に、細い腰。前なんか暑かったせいか上半身裸で、奇跡みてーなピンクベージュの乳首見せられて、くらっとした。
今日は長めのTシャツ着てるけど、逆に下半身が裸だ。
白くて張りのある脚を惜しげもなく晒してて、恥ずかしそうにシャツの裾を引っ張って。荷物を受け取った瞬間、ちらっとピンクのトランクスが見えて、余計にヤベェ。
昼も夜も、いつ来ても裸なのはなんでかな?
事前に電話してんだし。服を着る余裕くらいあるだろっつーのに、なんでいつも半裸なんだ? 無防備過ぎんだろ?
別に男同士だし、気にする方がおかしーのかも知んねーけど、毎度いつもだと、誘ってんのかって訊きたくなる。
「今日も暑い、です、ねっ」
可愛く声を掛けられて、「あー」と締まりのねぇ言葉を返す。
すると彼は、受け取った箱とオレとを見比べてにへっと笑った。
「お、オレ、初めて買ったん、です。ディルド」
一瞬、何を買ったって言われたか、分かんなかった。
「へー」と適当に返事してから、ディルドの意味を思い出す。ディルドって……アレだよな、男のナニを模した性具っつーか、動かねぇコケシっつーか……。
「……えっ?」
とっさに訊き返すと、白い顔をみるみる赤く染めて、「じゃ、じゃあ」つって扉を閉められた。
内鍵がカタンと掛かる音に、ハッとして我に返る。
今からそのディルドで何を? つーか、そのためにズボン脱いでた訳じゃねーよなぁ?
荷物の受取人が、受け取った荷物を自分の部屋でどうしようと、何に使おうと、オレの知った事じゃねぇ。そう思うのに、気になって仕方なかった。
この地区の主な担当はオレだけど、オレが休みの日や、配達個数が多い時なんかは、他のスタッフに手伝って貰うこともある。
たまに三橋さんトコへの荷物も、他のヤツに頼むこともあって、そういう時はやきもきした。今日もまた、エロい半裸を晒してんじゃねーだろーな、って。
男に任せんのも不安だけど、女に任せんのも、セクハラとか言われそうだ。
けど――。
「あのさ、AMアパートの三橋さんって人、半裸だっただろ?」
さり気なくヘルプのスタッフに訊いたら、あっさり否定されてビックリした。
「えっ、普通に服着てましたよー?」
って。
「半裸の人って、見たことないですよー。阿部主任、そんなことばっか考えてるんですか? やーだぁー」
バイトの女子にきゃあきゃあ笑われて、「はあ?」と思いっ切り顔をしかめる。意味ワカンネー。
事前連絡してんのにも関わらず、いつも半裸の三橋さん。その目的も、意味もやっぱ分かんなくて、モヤモヤした。
また今日も倉庫を出る前に、荷物と伝票とをチェックして、三橋って名前を見付けてドキッとする。
またいつもと同様、代引きでの注文で。
「毎度どーも、西浦急便です……」
オレからの電話にすぐに出てくれた三橋さんは、いつも通りのたどたどしい口調で『は、い』と応じた。
『だっ、代引きです、ね。待ってます』
それはいつも通りの高めの声で――いつも通り、ドキッとした。
(続く)
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