小説 1−8 エンカウンター・後編 (R15) 初めてのえっちは、思ってたよりスゴかった。 想像してたより痛かったし、想像してたより恥ずかしかった。 裸を見られるのも恥ずかしければ、触られるのも恥ずかしい。足を開くのも、恥ずかしかった。 えっちって、うっとりと身を委ねられるものだと思ってたけど、実際は違うんだな。 野球部で回覧してたエロ本のお姉さんたちは、みんな気持ちよさそうにうっとりした顔してたから、てっきりそうなんだと思ってたけど。あれは撮影用の演技だったみたい。 経験不足なせいもあるかもだけど、ホント、色々大変だった。 力抜けって言われても、意味が分かんないし。痛みやら衝撃やらで叫びまくっちゃって、声もすっかりガラガラだ。 さすがに阿部君も心配したのか、後で優しく抱っこして、スポーツドリンクを飲ませてくれた。 オレはひたすら無我夢中で、阿部君の背中にひっかき傷をいっぱい付けちゃったけど、怒ってないみたいでホッとした。 体育の時に困るだろうなって思ったけど、わざとやった訳じゃない、し。阿部君も、オレの胸とか太ももとかに、いっぱいキスマーク付けちゃったから、おあいこ、だ。 阿部君、オレのコト「好き」って言ってたけど、ホントなのかな? 最初こそ怒ってた風だった阿部君も、オレがホントに未経験なの、すぐに分かったみたい。繋がった後は機嫌を直して、そこからは優しくしてくれた。 「好きだ」「可愛い」って、いっぱい囁いてくれたし、誉めてくれた。 「三橋、三橋、好きだ」 ハンドルネームじゃなくて、偽名でも無くて、ホントの名前で「好き」って言って貰えて嬉しい。 最初はおっかなびっくりだったキスも、何度も繰り返すうちにすっかり慣れた。 「男に抱かれたかったんだろ? 望みが叶った感想はどうだ?」 汗ばんだ顔で見下ろされ、じっと見つめられると、じわじわ頬が熱くなる。 感想って。いきなり訊かれても困るよね。気持ちイイっていうより痛かったし、でも痛かったけど苦痛じゃなかったし……で、どう言えばいいのか分かんない。 改めて何か言うのも恥ずかしくて、両手を伸ばして抱き付くと、阿部君は苦笑して「なに?」って優しい声で言った。 怒ってなさそうだなって分かると、ホッとする。 ぎゅーっとキツく抱き締めてくれたし、腕枕して、優しく頭も撫でてくれた。オレ、ずっとそういうの憧れてたから、素直に嬉しい。 抱き寄せられるまま縋っても、阿部君は好きなようにさせてくれた。 汗ばんだ筋肉質の胸に甘えて、ドッドッと速く打つ彼の心臓の音を聴く。ぽうっとしてると顔を覗き込まれて、「無防備だな」って笑われた。 「こんな顔、ホントに誰にも見せてねーの?」 再び訊かれて、こくりとうなずく。 こんな顔っていうのがどんな顔かは分かんないけど、こんなに無防備にぼうっとしてられるのは、きっと相手が阿部君だからだ。 本名も知らない初対面の人とじゃ、やっぱりどうしても遠慮しちゃうし。球児さんとだったら、ずーっとキンチョーしっぱなしだったかも。 それを考えると、ハジメテが阿部君でよかったのかな? ぼそりとそう言うと、「当たり前だろ!」って怒られた。 「オレ以上にお前を大事にしてやれるヤツなんて、いねーよ!」 って。 「なあ、お前、オレの話聞いてたか?」 ぐるんと体勢を入れ替えられ、もっかい上から覆い被さられる。 えっちの余韻でぽうっとしてるせいか、もう怖いとは思わなかった。少し野性味の増した阿部君の顔が、真上からオレを覗き込む。情熱的な目で見つめられると、意識しないでいられない。 「好きなんだよ」 阿部君が言った。 「他の誰にも渡したくねぇ。お前のこんな姿見ていいのは、オレだけだ」 強引なセリフだなと思ったけど、言わなかった。 「オレはお前が好き、お前は男が好き。男なら誰でもいいっつーなら、オレでいーよな?」 「だ、れでも、って……」 訳じゃない、とは言えなかった。出会い系に登録したのバレた時点で、今更だ。 さすがに気まずくて目を逸らすと、「こっち見ろ」って無理矢理目を合わされた。 「お前がして欲しいコト、できるだけ叶えてやる。だから、オレ以外の男を求めんな。付き合おう」 「つ、きあ……っ」 付き合う、って。それって恋人になろうってこと? でも、あのカノジョさんはいいのかな? いや、カノジョじゃなかったんだっけ? じわじわと顔に血が上って、熱くて熱くてたまらない。 オレ、幼稚園の頃からずっと男が好きで。自覚して以降も、マイノリティだっていう自覚はあって。だから、同じ性癖の人たちと、割り切って遊ぶしかないんだって思ってたけど。 ……男同士でも、恋人になっていいのかな? 「あの球児ってヤツ、着信拒否にしろ」 とか。 「連絡先も全部消せ」 とか。 「妙なアプリも削除しろ」 とか。強気な口調でガミガミ言った後、「頼む」って耳元で囁く阿部君。もう何度目かのキスを交わしながら、互いの肌に手を這わし合う。 「絶対オレのコト、好きにさせてやるから、覚悟しとけ」 真剣な顔でそう言われ、ドキッとした。 ヒザを割られ、太ももを撫でられ、敏感な場所の奥にある、緩んだつぼみを探られる。 その後、見つめ合ったまま2回戦に突入しちゃったから――。 もう好きになってる、かも? と、そんな言葉を口にすることはできなかった。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |