小説 1−8 キミのいない空・7 転校したら、1年間は公式戦に出られない。阿部君はそれを知ってて渋ったのかな? これ、常識? オレが初耳だったのに気付いたのか、修ちゃんが更に教えてくれた。 「転校生全員がダメって訳じゃなくて、例えば前の学校でサッカーやバスケやってたヤツが、転校先で野球部に……って場合は関係ねーんだって。あと、家族全員で転居したりとか、やむを得ない場合は、免除されるらしい」 「じゃあ……」 阿部君も、免除になるんじゃないのかな? ああ、でも、ご両親が埼玉残留ならダメなの、か? 1年間、練習試合には出られても、公式戦には出られない。元々、西浦でも野球部を辞めようとしてた阿部君だ。そんな条件下なら、入部をためらったって不思議じゃないかも知れなかった。 「まあ、でも案外、4月にシレッと入部届け出してるかも知んねーぞ」 修ちゃんがそう言って、励ますようにオレの背中をパンと叩いた。コート越しだからちっとも痛く感じなくて、優しさだけが伝わった。 「そう、だね」 静かにうなずいて、空を見る。群馬の空はスッキリ晴れてて、そんでやっぱ、広かった。 それから、夏大や秋大のことをぽつぽつと話しながら、修ちゃんと一緒に校庭を歩いた。 ゴールデンウィークに対戦した専用グラウンドを眺めながら、部室棟の方にゆっくり向かう。 「野球部の部室は1階だぜ」とか、「西浦の部室棟ってどんなんだ?」とか。他愛もないことを話してる内に、2階建ての部室棟が見えてきた。 同時にあの練習試合の日、オレが逃げ込んだ植え込みも目に入って来て、ドキッとする。 「廉!」 修ちゃんの声にも構わず走り出し、ガサッと木立をくぐり、植え込みの奥を覗いて――けど、そこには当然誰もいなくて、誰の声もしなかった。 『お前はいい投手だよ』 阿部君の声を思い出す。 『投手としてじゃなくても、オレはお前が好きだよ』 その言葉に、どんだけ力を貰っただろう。 頑張ってるって認めてくれて、すっごく嬉しかったの覚えてる。 あの日聞いた「好き」と、この間聞いた「好き」は、きっと意味が違う。でも、どっちもオレにとっては大事で、今更胸が痛くなった。 うずくまって震えてたオレの手を握り、「好きだ」って言ってくれた――オレを闇からすくい上げてくれた阿部君。その阿部君に、オレは何ができるんだろう? 「廉、突然どうしたんだ?」 修ちゃんの質問に、ぎこちなく首を振る。 「勝ちたい」って願ったオレに、阿部君は勝利をくれた。ずっと側で、導いてくれてた。オレのコト、1番に考えてくれた。 阿部君はスゴイ。阿部君は正しい。でも、もし阿部君が間違いそうになったら、正すのはオレの役目だと……。 ああ、それは誰に言われたんだっけ? 「阿部君……」 ぽつりと名前を呼んでも、返事はない。ここに彼はいない。じゃあ、どこにいるの? それすら教えて貰えないオレは、阿部君にとっての何だろう? 『オレも、阿部君がスキだ!』 8ヶ月前の自分の声が、脳裡に一瞬よみがえる。 「オレも、阿部君が……」 好きだ。 その3文字が、すとんと胸に降りて来て、またじわっと視界が歪んだ。 「廉? 何か言ったか?」 修ちゃんに声を掛けられて、ぷるぷると首を振る。 今更自分の気持ちに気付いたって遅い。返事はいらねぇって、バッサリ斬られた後だった。 その後は三星を出て、じーちゃんちの近所の公園で修ちゃんとキャッチボールして過ごした。 元日は、じーちゃんたちと地元の神社でお参りしたけど、2日は車で野球のお守りで有名な、中之嶽神社にも行った。 10人分のお守りを買って、西浦のみんなへのお土産にする。 阿部君の分は、三星の寮監さんに預けて、渡して貰うことにした。修ちゃんも、それがいいって。 「アイツ多分、オレが渡したんじゃ受け取らねーぞ」 そんな頑なな阿部君を想像すると、やっぱり辛い。いつもの阿部君なら、興味なくても取り敢えず「どーも」って受け取ってくれると思うのに。 オレの顔を見て、大体察したんだろう。群馬で阿部君に会えたかどうか、西浦のみんなからは訊かれなかった。 冬場はケガ防止のため、投球練習が外でできない。 鏡の前でのシャドーはやるけど、マウンドやブルペンで投げることはしばらくなくて、余計になんか、気分が沈んだ。 速い球投げる為、冬の間にやることは、いっぱいある。 走り込み、ウェイト、体幹バランスのトレーニング……。阿部君の残してくれたノートに従い、メニューを淡々とこなしてく。 手書きの文字を見せられるたびに、阿部君を思い出して仕方なかった。 忘れたい訳じゃないけど、忘れられない。 挟んでたメモすら捨てられない。 阿部君は、オレのコトまだ好き? それとも、もう忘れた? 大晦日に通じなかった電話は、また通じなかったらどうしようって怖くて、1度もかけられないまま時が過ぎる。 寮監さんに託したお守りを、受け取ってくれたかどうかも、怖くて確かめられなかった。 修ちゃんからは、たまにメールを貰うけど、阿部君の態度は相変わらずみたい。入部届けもまだ出してないって聞いて、じわじわと不安がよぎる。 学費も生活費も食費も心配しなくていいのに。バイトだってしなくていいのに。このまま阿部君は、野球を辞めちゃうつもりなの? もしオレが、三星行きなんて提案しなければ――今とは違う未来もあったのかな? (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |