[携帯モード] [URL送信]

小説 1−8
キミのいない空・8
 冬の間、ずっとお休みだった朝練が、3月から再開になった。
 高校野球では、毎年12月1日から3月7日まで、アウトオブシーズンっていって練習試合が禁止になる。だから、解禁日の8日を過ぎれば、一気に練習試合のラッシュだ。
 学年末試験も2月に終わり、後は卒業式・終業式を待つだけで。みんな、野球したくてたまんなかったから、朝練再開も喜んだ。
 いきなり朝5時だと暗いから、ひとまずは6時から。後は4月になってから、1年生の様子も見ながら段階的に早めてくみたい。
「行ってき、ます」
 お弁当作ってくれたお母さんに感謝しつつ、夜明けの街に1歩踏み出す。
 何も考えずに済むように、早く体を動かしたかった。

 朝練の初めには、全員で輪になって手を繋いで瞑想する。
 薄暗い空が、瞑想してる内にどんどん明るくなってって、やがて目を開けると眩しい朝日がグラウンドに差し込み、空気を金に染めていく。
「久し振りだなー、この感覚」
 誰かの言葉に、みんなが静かにうなずいた。
 みんなと一緒に見る朝焼けは、なんてキレイなんだろう。なんて清々しい朝だろう。
 なんでここに、阿部君がいないんだろう。
 阿部君の欠けた円陣は、以前より小さくてなんか寂しい。滲む涙をぬぐいながら、夜明けのマウンドに視線を向ける。
 ――阿部君。
 初恋の相手の名前を、無言で呟く。キミと一緒に、この空をずっと見たかった。

 ぼうっと東の空を眺めてると、モモカンがベンチ前で全員を呼んだ。
「はい、集合!」
 ビリッとした声にハッとして、みんなの後を追い、ベンチ前に集合する。
「みんな、久々の朝練だね。体が温まってないとケガしやすいから、柔軟はいつもの倍やるよ……」
 モモカンは張りのある声で、今後の予定の確認と、今日の練習メニューを発表した。そして。
「8日は待ちに待った解禁日だね。10日の午後に、さっそく練習試合が入ってるよ」
 その言葉に、みんなが「おおっ」と笑みを浮かべた。
 勿論オレだってテンション上がった。ずっと基礎練習ばっかだったし、ブルペンに立てたのだって久し振りだし。試合できるのは嬉しい。
 けど、その試合で捕手をやるのは?

「打順の発表をします。1番キャッチャー、田島君。2番セカンド栄口君……」
 モモカンの発表に、ビクンと小さく肩が跳ねる。
 分かってたハズだし、初めてな訳でもないのに、すっごく空しくてすっごく寂しい。あの人はもういない。
 ケガで休んでる訳でも、田島君に捕手経験を積ませようと譲る訳でもないんだ。――それを、改めて思い知らされた。
 みんなは平気なのかな? モモカンは?
「4月には新入生も入って来るからね。打順もポジションも、このままだとは思わないように。新入生に見られてるつもりで、気合入れて行きましょう!」
 ゲキを飛ばされ、「はい!」とうなずきながら、みんなの様子をじっとうかがう。
 不安に思ってるのはオレだけみたいで、仕方ないけどモヤッとした。

「みーはし、柔軟やろうぜ」
 田島君に声を掛けられて、素直にうなずく。
『柔軟も全部、オレと組めよ』
 いつだったか、阿部君にそう言われたのを、なんでか唐突に思い出した。


 昼休みはいつも通り、教室でハマちゃんを交えて4人で食べた。
 久々の朝練の後だから、ハマちゃん以外は早弁しちゃって、お弁当2つ目だ。
「ホントみんな、よく食うよね〜」
 呆れたように苦笑するハマちゃんは、コンビニで買って来たオニギリ3個と、野菜ジュースっていう簡素な食事だ。
「成長期だかんな」
「この1年で、背も伸びたよな」
 田島君や泉君が、ケラケラと陽気に笑う。
「1年かぁ、もうここで過ごすのもあと少しだね〜」
 ハマちゃんがしみじみと言った。

 卒業式が15日、終業式が24日。それが終わると春休みで、またすぐに始業式だ。
 来月早々には春大の抽選があって、野球シーズンが本格的に始動する。
「お前、進級大丈夫なのか?」
「浜田じゃあるまいし、大丈夫だぜ。なぁ三橋」」
 泉君の軽口に、田島君が笑った。
 
「あっ、そういや犯人、捕まったらしいな」
 ハマちゃんが思い出したように言ったのは、そんな雑談中のことだった。

「はあ? 犯人?」
「何の話? 誰?」
 泉君と田島君が、眉をしかめてハマちゃんに訊いた。
 オレも、まるっきり何の話か分かんなくて、黙って首を傾げ、ハマちゃんを見た。
 だって、「犯人」とか言われたって、ピンと来ない。
「ドラマか何かか?」
 泉君が、同じく首を傾げた。
「おいおい、ニュースくらい見ろよ」
 ハマちゃんが呆れたように言ったけど、毎日野球と勉強で手いっぱいで、TV見る暇もない。新聞なんか尚更で、うちがどこのを取ってるか、悪いけどそれすら記憶になかった。

 そんなオレたちに、ハマちゃんが教えてくれたんだ。
「阿部のお父さんを陥れた犯人。元従業員だっけ? 捕まったって、ニュースで見たぜ」
 って。
「どっかからフェリーで、外国に逃げようとしてたみてーだな」
 って。
 阿部君のお父さんを陥れた犯人――。
 ハマちゃんの説明に、ドキッと心臓が強く跳ねる。
「……へー」
 低い声で、泉君が相槌を打った。
「よかった、つっていーのかな?」
 ぼそりと田島君が呟く。

 不安になって教室を見回しても、阿部君はいなくて。
 ――阿部君は、今、何を考えてるんだろう? ひどく落ち着かない気分になった。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!