小説 1−8
赤い鎖 (大学生・同棲・ヤンデレ・暗め注意・R15?)
阿部君が初めてベッドにロープを持ち込んだのは、大学4年の夏だった。
周りのみんなが次々に就職を決めてく中、大学院の入試を9月に控えて、きっと不安だったんだろう。
「三橋、お前はどこにも行かねーよな?」
阿部君はそう言って、オレの両手を縛り付けた。
最初はすごく緩くて、痕も付かないくらいの縛り方だったけど、でも何かすごくショックで、抵抗もできなかった。
「三橋、愛してる。三橋……」
何度も何度も名前を呼ばれ、縋るように抱き締められて、気絶するまで抱かれた。
翌朝は全裸で目が覚めて――体はきれいにしてくれてたけど、胸にも首にも、太股の内側にも、いっぱいキスマークをつけられててゾッとした。
「ごめん、昨日はどうかしてた」
阿部君はすごく謝ってくれたけど、でもそれも朝の内だけで。夜になると、またオレをロープでベッドに縛り付けた。
「どこにも行くな、三橋。逃がさねーぞ」
逃げるって、ベッドから? それとも家から? 阿部君から?
そんな真似しなくても、オレ、逃げたりしないのに。
「に、逃げない、よっ」
何度そう言ってもダメで、ベッドに両手を縛り付けられ、そのまま全裸にされて抱かれた。
いつもなら、上になったり下になったり、いろんな体位で愛し合うのに。縛られた格好で縋るように抱かれるのは、ホント一方的な行為だと思う。
愛されてるっていうより、征服されてる感じ?
キスも一方的なら、えっちも一方的で。そこまで求めて貰えると悪い気はしないし、「愛してる」って何度も言われると嬉しいけど……でも、やっぱり怖かった。
どうして、何がきっかけで、そうなっちゃったのかは分かんない。オレが就職決まったから? でも、阿部君、喜んでくれてたのに。やっぱり、院試へのプレッシャーかな?
それとも、もうずっと長いこと不安の種を抱えてて、それが一気に芽吹いちゃったんだろうか?
阿部君は、オレと違って成績優秀だし。院試だって、「キミなら大丈夫」って、教授にお墨付き貰ったって言ってたのに。
9月の試験でダメでも、二次募集があるって聞くし……そもそも、阿部君が落ちるってイメージないし、大丈夫じゃないのかな? 他人事だからそう思うだけ?
「お前は楽観的でいーな」って、いつもの阿部君ならドライに笑ってそうなのに。オレを縛りつけて、それで安心しようなんて、変だ。
院試が終われば、元に戻る? 合格発表まで無理かな? 卒業まではかかんないよね?
4月になればオレは就職、阿部君は進学で、互いの環境もガラッと変わる。
オレの就職先は、今同棲してるアパートから遠くて。4月以降、どうしようかなって漠然とは悩んでた。
けど、それだって――。
「ここから通えよ。引っ越し、面倒だろ」
阿部君のそんな一言で、ここから通勤しようって決めたんだ。なのになんで、「逃げる」なんて思うんだろう?
「逃げんじゃねーよ。それともお前、オレと一緒に住むの、イヤなのか?」
そう言われると、ぶんぶん首を振るしかできない。オレだって阿部君と離れたくない。
こんな不安定な阿部君、とても1人にはしておけない。
「三橋、逃がさねぇ。一生逃がさねーぞ」
今夜もまた、阿部君がオレをロープで縛りつける。最初の頃、ちょっと暴れればすぐにほどけるくらいの縛り方だったのに。今はギリギリと力を入れられ、縄目の跡が残るほどだ。
手首にくっきり刻まれた痣は、そんだけで赤い鎖みたい。繋がれて身動きできないオレの上に、阿部君が覆い被さり、影が落ちる。
「三橋、三橋。どこにも行くな、三橋」
オレをぎゅっと抱き締めて、阿部君がうわ言みたいに耳元で言った。
縛られてたら、抱き返すこともできない。
「行かない、よ。阿部君……」
オレが何度言っても、阿部君は安心できないのかな?
「お前がいねーとダメなんだ」
真っ黒な目で訴えられて、「オレもだよ」って真摯にうなずく。
服を乱暴に剥ぎ取られ、連日休みなく拓かされたオレの穴に、今日も肉が埋められる。
深く深く貫かれて、「ああっ」と悲鳴を上げると、阿部君がようやく笑みを見せた。
「繋がったな、三橋」
ゆっくりと揺さぶられるたび、縛られた手首が痛む。
いっぱいのキスと、いっぱいの愛の言葉。
「オレのものだ。どこにも行かせねぇ」
って。
「就職なんかやめろ。ずっと側にいてくれ」
それはさすがに冗談だろうと思うけど、毎晩毎晩言われると、ホントみたいに聞こえてちょっと怖い。
えっちが終わるとすぐに外してくれるロープが、いつか外されなくなる日も来るのかな?
「もしお前がオレから逃げたら、地の果てまで追いかけてって連れ戻す」
オレを穿ちながら、ニヤッと笑いながら、毎晩ベッドで阿部君が囁く。
これも睦言に入るの、か? 言葉で心まで縛られて、逃げる気なんて元からないけど、逃げられないなって諦める。
まだ9月の末なのに、ちょっと暑くても長袖しか着られないのは、手首の痣を隠すためだ。
この間、ゼミの同期に見咎められて、「風邪か?」って心配されたけど、笑ってうなずいて誤魔化した。
恋人の異常な束縛が、いつの間にか心地よくなってたなんて、誰にも言えない。
恥ずかしい。
阿部君は、いつかロープを捨てるかな?
オレは……?
たまには逆に縛ってあげれば、阿部君も安心できるかな?
(終)
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