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Novel
白鴉の啼く夜 [
「こちらです」

掛けられた言葉に、強引に意識を思考の淵から引き戻す。

今は目の前のことだけ考えればいい。
簡単に答えが出るような問題ならば、きっと俺たちはこんなに苦しんだりはしなかった。

通されたのは廊下の奥の小部屋。
それなりに広いが簡素なつくりで、家具といえばソファベッドと造り付けのクローゼットくらいだ。
おそらくここは小姓たちの部屋。そして、この奥が衛兵の控え室、さらにその奥が主の寝室になるのだろう。

「恐れ入りますが、こちらに着替えていただけますか。かんざし等も全て外してください」

柔らかながらも拒否を許さない言葉と共に差し出されたのは薄い紗の衣。
得体の知れぬ男娼に対しては、当然の警戒だろう。
貴金属に毒や刃を潜ませ、無防備な相手を閨で襲うのは、暗殺教育を受けた侍女などがよく使う手だ。

自慢ではないが着飾らなくても充分見れる容姿なので、躊躇わずに装飾品を外していく。
人前で着替えることに今更羞恥心などわくわけもない。
庶民でいることを捨てた日から、それが俺の日常となった。

手早く着替えを終え、最後にかんざしを抜き取ると腰まで届く髪が広がり、薄い布越しにうっすらと浮かぶ肩甲骨を覆い隠した。

「これでご満足ですか」
「ええ」

不敵に微笑むと、簡潔な返事が返ってくる。
下着の用意は無かったので体のラインは余すところ無く丸見えである。
それでも顔色どころか目の色一つ変えないこの男を、純粋に好ましく思った。
娼館育ちのせいだろうか、簡単に初対面の人間に欲情する男には反吐が出る。

「こちらへどうぞ」

促されるままにくぐった扉の先は、やはり護衛の待機場所だった。
あからさまに欲望を含んだ視線が突き刺さる。
7、8、9・・・13名。
向けられる気配から推測するに、あまり質は高くない。
その中で近衛の騎士に匹敵する実力の持ち主は2人。いや、見習い騎士がせいぜいか。
この程度なら最悪の状況下でも逃げ切ることくらいはできるだろう。

「ギィ」

扉がきしんだ音を立て、次の間へといざなう。

中にいた男に笑みを向けると、寝台へと引きずり倒された。
豪奢な幕の隙間から、ちらちらと星影が覗く。見える景色の暗さをいぶかしみ、今夜は新月だったと思い出す。
残念だ。あの窓の位置ならきっときれいに見えただろうに。

そっと目を閉じ思考を遮断する。
男を喜ばす術なら、体が知っていた。

あとはただただ、とこしえの闇。

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