今は遥か、渇いた場所で【中編】
乱れた着衣を直し、毅然と小宮が立ち上がる。
いつもの生真面目な顔に、僅かに情事の後の艶っぽさが余韻として残り、島村は密かに苦笑を漏らす。
未だ冷めやらぬ熱をどうにか抑え、名残惜しく島村も立ち上がった。

感情を切り替え、小宮の眼差しが島村を真っ直ぐ捉える。

「作戦は、明日にでも決行となる。頼む」

島村は、小宮の言葉を受けて、深く力強く頷いた。

「ご期待に添いましょう」

頼もしく笑みを零す島村に、小宮も薄く微笑を浮かべる。

そのまま二人は別れ、島村は前線の峠へと戻り、小宮はそのまま採銅所に留まった。

打つべき手は全て打った筈である。
憂いは山のようにあるが、後は各々の力量に掛けるしかない。
小宮も、明日は出陣しなければならなかった。
島村の守る峠とはまた別の、要所を守る為である。
戦は専門ではないが、この際そうも言ってはいられない。
藩の政治を取り仕切っていた時とはまた違った重責がのし掛かる。
直接に人の命を左右しなければならない。
その決断を、自分が下せるのか…。
いや、下さねばなるまい。
島村に…他の者達に押し付け、自分は出来ませんでは無責任にも程がある。
それに、城に火を掛ける事を決断した時、己の身は己の物ではなくなったのだ。
藩の為に、鬼にも夜叉にもなろう。

小宮は、ただひたすら自分を押し込め、この戦の、藩の行く末だけを案じた。


夜明けと共に戦端は開かれた。
島村の守る峠の方から砲声が木霊となって鳴り響く。

「始まったか…」

砲声の聞こえる方向へと目をやり、小宮は呟いた。
ズキリと痛む胸の内は、島村を心配してのものか、それとも兵士達の身を案じてのものか…おそらくは両方であろう。

「斥候より報告!こちらにも敵兵進行中です!」

(やはり、来たか)

覚悟の上とはいえ、やはり緊張が走る。

「各隊に伝達!迎撃用意!合図と共に一斉射撃!敵の姿が見えても絶対に斬り込むな!」

小宮の張りのある声が響き、バタバタと慌ただしく伝令が走り回る。

長州藩兵の姿を確認すると同時に、小宮側も火蓋が切って落とされた。
各隊の司令官達の怒声と鉄砲の音が、あらゆる場所で聞こえる。
全体を見渡せる場所に立ち、小宮は祈るように戦場を凝視した。
勝つ必要はない。
ただ、持ちこたえてくれさえすれば良いのだ。
敵の誘いに乗らなければ、地の利を生かして戦い続ける事は出来る。
そう算段を立てた小宮側の軍勢であったが、戦慣れしている長州藩には、残念な事に上手が居た。

どこからともなく飛んで来た砲弾が、味方陣営を攪乱している。
一瞬の事で状況が把握出来ない。
唖然とする小宮に、一人の武者が駆け込んで来た。

「小宮様!上です!上の絶壁から、敵の砲弾が飛んで来ています!」

「……上?」

見上げると、味方陣営を見下ろせる絶壁とも言える場所にはためく、長州藩の旗。

「あの様な場所に……」

周りがざわめく。

頭を押さえられた。
あの様な絶壁に、大砲まで担いでよじ登るとは、予想だにしなかった。
やられた…というのが正直な感想であるが、次々と被害を出す味方を救出しなければならない。

「ギリギリまで前線を下げるしかあるまい…悔しいが、敵の方が上手やったな…」

己の未熟さが招いた最悪の状況に、腸が煮えるようであった。
味方の惨状を目に焼き付けるように、悲痛な眼差しを向ける。

(恨み言はあの世で聞こう。すまぬ)

心中で黙祷し、素早く踵を返すと、小宮は馬にも乗らず、後退する先へと歩き出した。


戦は思いがけず、昼過ぎに敵の後退で終わった。
不意打ちを喰らった割に、思った程の被害もなく一同は安堵した。
そんな中でも、小宮の顔だけは優れない。


他の戦況の報告を聞けば、情けない…という思いが小宮を陰鬱にする。
後退を強いられたのは小宮陣営だけであった。
しかも何故、敵が昼過ぎという、早すぎる時刻に後退したのかと疑問に思っていたが、どうも島村陣営の奮戦により苦戦を強いられた長州側が、戦力を集中する為に後退させたらしいとわかると、余計に落ち込む。

「そんなに落ち込まないで下さい、小宮様」

重苦しい空気を纏う小宮に声を掛けたのは、ここに居る筈のない人物であった。

「…生駒…。何故ここに居る……」

一応問うてはみたが、生駒は島村陣営の者である。
誰が考えても島村の差し金であろう。

「小宮様が落ち込んでいらっしゃるのではないかと…島村様がご心配なさっております」

「余計なお世話だ」

今一番聞きたくない報告であった。
今日一番の手柄を立てた島村に心配して貰うなど、ますます気落ちするだけである。
不機嫌に言い放つ小宮に、生駒は平然と言葉を返す。

「そうおっしゃるであろうから、心配している、などとは決して言うな、と言われておりました」

「言うとるやないか…」

口を開くのも億劫であったが、突っ込まずにいられない。

「つい、うっかりと」

本当にうっかりでは無い事は一目瞭然であった。

「口が災いして出世出来ん質やな、お前は…」

わざとらしく溜め息をつく小宮に、生駒は飄々としたまま

「島村様にも、良く言われます。」

と返した。
イヤミも通じんのか…と、内心呆れ返るが、小宮は生駒に向かって掌を差し出し

「島村から何か言うて来たんやろ。さっさと出せ」

ぶっきらぼうに言う小宮に、生駒は相変わらず表情も崩さず

「お察しの通りです」

と、書状を差し出した。
小宮は、その手紙を受け取り素早く目を通す。

「その書状には概要のみ書かれております。ご了承頂けるのでしたら、私から詳細をお話するようにと、島村様から言付かっております」

書状の内容をひとしきり読み、小宮は頭の中で思考を巡らせる。
チラリと生駒に目をやり、深く息を吐く。

「遊撃戦か……。悪くはない」

島村の手紙には、こうある。

「此度戦火を交え、長州藩も戦力が不足しているようである。
城下を偵察させた者の報告では、長州側の兵力は、城下の治安維持と防御陣地の確保に充てられ、攻勢に出るには不十分の様子。
ならば、此方から攻めるまで。
夜間を中心に遊撃戦を展開し、敵を攪乱、あわよくば各個撃破する。
深更、我が部隊の一部をして夜襲決行のご許可賜りたい。」

遊撃戦となれば、少数精鋭にて敵陣に突っ込む事となる。
危険は高いが、装備の劣る我が藩からすれば、正面からぶつかるよりはマシな気がした。
そして何より、此方は土地を熟知する者ばかりである。
其処を活かさない手は無い。

「島村に了承した、と伝えろ。我が方には、短期決戦しか道は残されとらんのやけな…」

「はい」

島村が遊撃戦を展開すると決めたのは、長州藩が出て来ないならば此方から攻め行ってしまえ、という事ばかりではない。
長州藩の動きは時間稼ぎであろう。
今暫くすれば、各方面に散らばった兵力を小倉口に集結する事が出来る。
戦力が整ったところで一気に攻めた方が、無用な犠牲を払わなくてすむ。
しかしそうなれば、小倉藩は手立てがなくなってしまう。
勝てないまでも、今の内にある程度反撃し、敵を痛めつけておかなくては、いざ止戦協定を結ぶとなったおり、小倉藩側に不利な条件を飲まされる可能性が出て来る。
ある程度は仕方ないにしても、最悪の条件は避けたい。

生駒は、島村から授かった夜襲の手筈を手短に説明し、話が終わってもその場を動こうとしなかった。
怪訝に思った小宮が、まだ何かかるのか?と顔で問う。

「了承した、という書状を頂きたいのです」

作戦許可書が欲しいのか…合点のいった小宮が、筆と紙を用意させている間、無言というのも気まずい。

「わざわざ書状を必要とするとは…失敗すれば私にも責任があるからな」

しかし口を開けば、思わず嫌言を吐いてしまう。余計気まずくなる場面であるがしかし、相手は生駒である。

「いえ、島村様は許可書を貰って来いなどとは申されませんでした。私の独断です」

表情も変えず言ってのけた。

「上官思いなのは良いことだ」

小宮も、島村が責任を擦り付けるような事をするとは、はなから思ってはいない。

「島村様の士気を上げる為…と申しますか…」

言葉の意味がわからず、生駒に伺う視線を向けた。

「小宮様はご存知ないかと思いますが、小宮様からの書状だというだけで、あの方は天にも昇ります」

思わず口を開けて唖然としてしまう。
そういえば、江戸から帰藩した時にも島村は、代筆しただけの小宮の書状を嬉しそうに見せた。
まさか…生駒にも同じように見せたのではあるまいか?

「……あの、馬鹿は…」

頭を抱え出す小宮に、生駒は意外そうな顔になり

「おや?ご存知でしたか?」

「知りたくもなかったわ!」

小宮が怒鳴り声を上げた時、使いの者が筆と紙を持って現れた。
その者は、二人の空気を読み取ってか、居心地悪そうにそそくさと立ち去る。
いよいよ気まずくなり、濁す為に小宮は慣れた手付きで書をたしなめ出した。

「そんな、堅苦しい文面で無くても結構です。なんでしたら恋文のように…」

「黙ってろっ!!」

頬を赤らめ怒る小宮に、生駒はこの時初めて笑みを浮かべた。
今迄、島村寄りであったせいもあり、気難しく生真面目な小宮に、あまり関わらないようにしてきた生駒であったが、このようになかなか面白い人であったか、と認識を改める。

「これで良かろう」

書いた書状を生駒の方に乱暴に突き出す。
受け取り目を通し、生駒は薄く笑みを浮かべ頷くと、几帳面に折り畳んで懐にしまった。

「有難うございます」

一礼し立ち去ろうとする生駒に、小宮の声が飛ぶ。

「島村に、余計な報告はするな」

立ち止まり振り返ると、生駒はわざとらしくとぼけたふりをし

「余計な…とは?」

その態度に苛立つのを無理矢理抑え

「わ…私が、気に病んでいたとか…そういう事を、だ」

生駒は内心笑いたいのを堪え

「つい、うっかり…が出なければ」

言うなり足早に退室する生駒に向かって、小宮の怒声が虚しく響いた。




陣営に戻った生駒は、その足で島村の元へと報告に向かった。
指揮官の揃う中、簡単に島村に挨拶をし、小宮から受け取ったばかりの書状を渡す。

「書状まで書いてくれたんか…?相変わらず、真面目な人やな…」

受け取り呟く顔が、ほんの僅か緩むのを、生駒は見ない振りをした。
生駒的には作戦成功だと言えよう。

「島村様のおっしゃる通り、落ち込んでらっしゃいました」

小宮から口止めされていたにも関わらず、あっさりと島村に伝える。

「そうやろな……」

書状に目を通しながら、小さく漏らす。

島村の考えでは、こちら側の決着を早くつけ、敵を引き付けるつもりであったが、やはり長州もただでは勝たせてくれない。
思ったより時間が掛かってしまった分、小宮陣営の負担を軽減するには些か遅かった。
もちろん、このような考えを持っていたなど、小宮に知られれば怒り狂うに決まっているので、島村陣営の指揮官しか知らぬ事である。

不意に、書状に目を通していた島村の動きが不自然に止まり、見守っていた指揮官達は違和感を覚えた。
島村は、書状から顔を上げると、生駒に向けて何か言いた気な視線を送ったが、生駒はしれっと余所を向いている。
結局、両方何も言わなかったが、島村の顔は怒ればいいのか笑えばいいのかわからず、微妙な表情をしていた。

しかしそれも僅かな間。
島村は、書状を折り目通りに畳み、諸氏に向けた顔は、戦場でのそれであった。

「了承も頂いた。実行準備に入る」

懐に書状をしまいながら、島村の鋭い視線が走った。
皆、力強く頷く。

「遊撃隊の編成は、一小隊を選抜して実行する。
銃より刀が中心となる為、腕利きの部隊にやってもらう。
今回は、敵の前線に揺さぶりを掛けるだけで、敵が逃げればそれまで。
深追いは禁物だ」

一旦言葉を区切り、一同を見渡す。
皆、この作戦が失敗するとは微塵も思わせない、精悍な顔立ちである。
満足気に笑みを浮かべ、島村は今一度声を張った。

「これから先の我が藩の命運が掛かっている。
心して掛かれ!」

「はっ!」

気合いの籠もった気持ちの良い返事に、覇気が伝わる。
皆、立ち上がり各々準備をする為部屋を出て行った。

一人になり、島村は懐にしまった小宮からの書状を再度開いた。
何の事はない、「作戦実行されたし」と書かれた文面の末尾。
控え目に書かれた「約束を果たされん事を」との文章に、知らず顔が綻ぶ。

小宮が率先してこのような事を書くとは思えない。
生駒が何かけしかけたのだろう、と予想がついた。
それでも、小宮が精一杯に形にしてくれた事が嬉しい。

(約束を果たすのは小宮さんの方っち、わかっとるんかな…)

ほんの少し前の事だが、もぅ遥か遠い事のように思われる。
戸惑いながらも受け入れようとしてくれた小宮に、何故?と問う島村に対して小宮は、この難局を乗り越えたら答える、と言い、二人の約束となった。
小宮がその約束を忘れていなかった事も、嬉しい。

些か生駒に踊らされた感も否めないが、ここは素直に感謝しよう。
島村は、書状を懐に納め、部屋を後にした。
部下が走り回っているのに、自分だけが浸っている場合ではない。

やるべき事をやる。
ここ数日、何度思ったか知れない言葉を胸中に強く思い、島村も動き出した。



【あーとーがーきー】
スンマセン、スンマセンーっ°・(ノД`)・°・
中編とかなるつもりでわっ!!
生駒だっ!生駒が悪いっ!!←じゃあ出すなよ…

思いがけず、生駒が喋るわお節介だわで…予想外に長くなってしまって、ホントは講和まで持ってくつもりやったんですが、次回に繰越デス(つд`)

しかもこんな戦ばっかりやってる話、誰が面白いんかなぁー…(´・ω・`)←それ言うたらおしまいよ…

あー…、戦の流れは、史実とは多少異なりますので、いらっしゃらないとは思いますが、真に受けないで下さいマセ。
お願い致しますm(_ _)m

ていうか、アタシこの話書き上げるの何ヶ月かかってんの( ̄□ ̄;)!!
前回9月やった……_ノ乙( 、ン、)_チーン

次回は早目に!休戦協定までやりますっ!やりますともっ!
生駒大活躍。お楽しみに!←あれ?








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