第一章(9)
本気で言っているのならば、こいつらは相当頭がいかれているに違いない。
先程までの悔しさが怒りに変わる。
相手の顔は見えない。
しかし江藤は暗闇に向かって怒りをあらわにし、睨み付けた。
依然、体の自由は適わなかったが、今はそうするしか抵抗する術は無い。
一瞬、「手」の動きが止まった。
しかし、一瞬であった。
あの、笑い声と共に再び江藤の肌を「手」がなぞる。
首から胸へ、胸から腹へ、更にその下へと…
足を高く抱え上げられる。
足の付け根に何かが触れる。
それは、今まで江藤を弄っていた「手」では無かった。
明らかな熱量を持ったその猛り。
江藤の双眼が見開かれる。

(嫌だっ!止めろーっ!!)



「江藤っ!!起きんかっ!!」

はっと目が開かれる。
胸がしめつけられ、息苦しさに肩で息を繰り返す。
辺りはぼんやりと薄明るい。
「手」も、あの笑い声も消えている。

目の前に人の顔が見えた。
はっきりとしない頭で、誰だったか…この人を知っている、と考える。

「江藤…、わかるか?俺が誰か言うてみろ」

誰かと言われても…今それを思い出しているところなのだ。
優し気な目元、しかし意志の強さを感じる瞳をじっと見る。
相手もまた、心配そうに江藤の様子を伺い見つめていた。

「しっかりせんか!赴任初日で解任されたいんか?!」

…赴任?…自分は…

だんだんと頭のもやが晴れてくる。
そうだった、今日から参謀本部勤務なのだった。

慌てて体を起こそうとするが、力が入らず僅かに身を起こしただけで目眩を起こした。

「まだ起きるな。貧血やろうっち軍医が云うとったが…」

よろけた体を支えてくれる手が暖かい。
さっきまでの「手」とは違うその温もりに安堵する。

「…申し訳…ありません…奥総長」

乱れた呼吸のまま、弱々しく謝る。
奥はゆっくりと、江藤を再び長椅子の上に寝かせながら

「うん。たまたま軍医が居って良かった」

奥はまだ心配そうな顔をしていたが、うっすらと微笑を浮かべ、少しだけ安心した様に言った。
江藤は何度か大きく息を吐き、呼吸を整えた。
口を開くのも億劫であったが

「ご迷惑を…お掛け…しました」

途切れ途切れに言う江藤に、奥は何も言わず、うん、と頷いた。
聞こえなかったのかもしれない、と思ったが、言い直す気力は江藤には無かった。

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あきゅろす。
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