まだ名前のない奇跡
差し向かいで2人、呑み始め暫し時がたった。

江藤は頬をほのかに赤らめ瞼がトロンとしてきている。

(だいぶ酔ってきとるみたいやなー…強いっち聞いとったんやけどなぁ)

もし奥の心の声が江藤に聞こえたなら、陛下にまで聞こえる程の酒豪の貴方を基準にしないで下さい!と反論したいところであろう。

(そろそろ寝かせた方が良いかもしれん)

そう思い奥が口を開きかけた時、江藤の体がぐらりと傾いた。

「おい江藤、大丈夫か?!」

奥は慌てて倒れそうな江藤の両肩を支えて顔を覗き込んだ。
江藤はぼんやりとした顔で正面から奥の顔を見つめ、花がほころぶ様な笑顔をうかべて言った。

「らいじょーふれる」

全然大丈夫ではない事がよくわかった。奥は苦笑いを浮かべ、

「すまん、呑ませ過ぎたみたいやな。布団敷いてやるけ、今日はもう寝なさい」

子供に語り掛ける様に優しく言い、布団を取りに行こうと立ち上がりかけたその時、着物の袖を江藤が掴んだ。
振り返り、どうかしたかと江藤を伺い見る。
江藤は潤んだ瞳で奥を見つめていた。

「吐きそうか?」

心配になって尋ねる奥に、視線をそらさないまま江藤は

「ちがいます」

と舌っ足らずに言った。
そのまま二人は見つめ合った姿勢で沈黙した。

江藤の言葉を待っていた奥だったが、江藤を早く寝かせてやった方が良いと判断し、自分の着物の袖を掴んで離さない江藤の手に、そっと手を添えた。

「布団を敷いてやるけ、早く寝なさい」

もう一度やんわりと言い、袖を掴む手を解こうと軽くポンポンと合図する。
江藤はその手に視線を向け、そして俯いた。

奥は江藤が袖を離すのを待った。手はまだ江藤の手の上に添えられている。
再び沈黙する中、江藤が俯いたままで、極か細い声で何かを呟いた。
耳が悪い奥は良く聞き取れず

「ん?何ち?」

次は聞き逃すまいと江藤の顔を覗き込み聞き返した。
江藤の頬は先程より更に桃色に染まっている様に思えた。
江藤はチラリと奥へと視線を向けて再び俯き、今度ははっきりとした声で

「あのっ…お願いがあります」

意を決した様に言う江藤に「うん」と返事を返す。江藤は一呼吸置いてから

「あ、頭を…ヨシヨシって…して下さい」

「…ん?」

聞き違いかと思い、奥は思わず聞き返した。
江藤は耳まで赤らめ、更に俯いてしまう。袖を掴む手に力が入ったのがわかった。

(…聞き違いやないみたいやなぁ…)

ほんの少しの間をおいて、奥は江藤の手に添えていた手で江藤の頭を優しく撫でた。
奥の手が頭に触れると、江藤の体がビクリと緊張した。
奥は気付かぬ素振りで優しく頭を撫でている。

どれだけの時間そうしていたのか、長い時間の様な気もするしほんの少しの時間の様な気もする。
どちらにせよ、江藤にとっては至極幸福な時間であった。

その内に袖を掴んでいた江藤の手がスルリと解けた。
それを見て奥は

「布団取って来るけ、ちょい待っとってくれ」

と最後に江藤の頭を軽くポンポンと叩いて立ち上がった。
江藤は「あ…」と奥を見上げたが、奥はさっと江藤に背を向け部屋を出て行ってしまった。

江藤は残念な様な寂しい様な表情を浮かべ、先程まで奥が撫でていた自分の頭に手を置いた。



【あとがき?】

色んなトコで使い回しているお話ですが、ウチの(ウチのっていうか…)保鞏さんと江藤君の基本なので、どこにでもあらわれます、スミマセン(=_=;)

某Y花さんと某S良さんとの会話から出来たお話で、江藤君が酔っ払ったらどうなる〜?みたいな所から出来たモノです。

そして、このお話を東京からの帰りの新幹線の中でツラツラと書き殴ったのは良い思い出です…勢いってやっぱり大切…。




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あきゅろす。
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