第一章(3)
しかし奥は、江藤に右手で部屋の中央に置かれた来客者用の柔らかそうな長椅子を示し

「少し時間をくれるか。座りなさい」

と、促した。
江藤はギクリと表情を堅くする。

(やはり…)

と思わずを得ない。
今から何を言われるか、頭の中で様々な思いが交錯する。
手に汗が滲んでくるのがわかった。

しかし、上官である奥からの言である。断る理由も権限もない。

戸惑う様子の江藤に、再び後ろから青年がひっそりと声を掛けた。

「総長はいつも新しく赴任して来た者にはこうするんだ。怒られやしないから心配するな。ただ、質問責めは覚悟しておくんだな」

江藤は首だけ動かして後ろを振り返り、青年に視線を向けた。
青年は諦めろ、とばかりに苦笑いを浮かべている。

そして先程奥がした様に、青年もまた長椅子に座る様に促した。
江藤は尚も躊躇したが、どの道逃げられはしないのだ、と腹を据えて奥へと視線を戻し、

「…失礼致します」

挨拶した時とはうって変わって弱々しく言うと、うつむき加減に長椅子へと歩を進め、チラリと奥を見る。
奥は「どうぞ」と、江藤に声を掛け、自らも長椅子と対になった一人掛けの椅子に座った。
江藤はまるで今から尋問でも受ける捕虜の様な心持ちで、ゆっくりと長椅子の隅に腰掛けた。
見た目よりも座り心地の良い椅子に体が沈み、気持ちも沈んで行く様である。
江藤は顔を上げる事が出来ず、奥と自分の間に置かれた低いテーブルをじっと見るしかなかった。
膝の上に作った拳が震えていたが、自分ではどうする事も出来ない。

「江藤は吸わんか?」

「はっ!」

弾かれた様に顔を上げると、奥が煙草を一つ、江藤に差し出していた。
江藤は何の事か理解する事が出来ず、その煙草をじっと見る。
奥は再度江藤の方に煙草を差し出す。

「あ…いえ、自分は…」

かろうじてそれだけ言う事が出来た。
喉が乾き、声がしゃがれている。
奥は「そうか」と残念そうに呟くと、その煙草に火を付けて煙をふかした。

「酒はやるんか?」

「…はい」

短く答える江藤に、今度は満足そうに笑顔になり

「そりゃ良い事じゃ」

何が良いのかわからず返答も出来ない。
江藤は思わず顔を上げたものの、奥を見る事が出来ず、奥が吐き出す煙をじっと眺めた。

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