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「紅蓮桜花」
猿飛佐助の悪戯

それは、ある日の昼下がり。


「桃殿の事が好きでござる。」


「・・・・・・・・・っ」

彼女は持っていた山菜入れの籠を地面に落とした。


「初めて逢ったその時から、俺はそなたの事を・・・・・・」




「・・・違います。」

・・・ん?

「あなたは幸村さまじゃない。」
「な・・・何故でござるか?」
「幸村さまは私と話す時、ご自身の事を“某”と呼んでいる。」

「うわー・・・桃ちゃんの方が上手だった。」
仕方なく、正体を現した。
「佐助さん!!」
「何だ・・・。旦那と同じ位ぼけぼけしてるから簡単に引っ掛かってくれると思ったんだけど・・・。」
「甘いですよ佐助さん。幸村さまご本人かどうかなんて私には直ぐにわかるんですから。」
「でも一瞬感動のあまり絶句してたよね。」
「・・・・・・・・・。」
「そうだ桃ちゃん、逆がどうだか気にならない?」
「逆?」
「旦那が桃ちゃんに化けた俺様を見破る事が出来るか。」
「え・・・それは・・・。気になります、けど・・・。気づいてもらえなかったら悲しくなります・・・。」

・・・確かに。
旦那は確実にこの手の騙しに引っ掛かるだろう。というか、生まれてから疑った事などあるのか心配だ。
だけど今回は違う。相手はなんたってこの少女なのだから。
ここでもし見抜けなかったら、旦那に彼女を愛・・・まあ、“その”資格は無いって事で。

「大丈夫、旦那の事を信じなよ。」
と励ましてみるけれど。正直、どうだろう・・・。
「・・・良い事思いついた。桃ちゃん、旦那が来たら傍に隠れてて。で、合図したら俺様と入れ替わって。」
「え?は、はい。」

・・・これで面白いものが見られる、と俺様は一人にやけた。


間もなくして、旦那が桜花庵にやってきた。

「桃殿!」

「だ・・・幸村さま!」

俺様は旦那ににっこりと微笑いかけた。
傍で本物の桃ちゃんが不安そうに見守っている。

「おはぎと・・・みたらしを一つずつくだされ。」
「はい。」
旦那は去ってゆく桃ちゃん・・・というか俺様を目で追っている。

あー、やっぱり気付かないか。

俺様は引き返し、再度旦那の横に座った。

「どうなされた?」

「幸村さまのお傍にいたいのです・・・。」
そう言って、旦那にぴたっと寄り添った。
「・・・・・・っ!!桃殿・・・っ!?」
旦那の胸がとくんと鳴ったのを感じた。
「そ・・・っそそそその・・・っみ、皆が見ておりますぞ・・・っ」
見る見るうちに紅く染まる頬。上がってしまって、こちらを振り向けなくなる瞳。
「では、人けの無い所まで行きましょう。品が運ばれるまではまだ少しありますから。」


旦那に気付いてもらえるのは難しいかもしれない。
けれどこの実験にはもう一つの目的があった。

そう。この反応を傍から見れば、旦那が君の事をどう思っているかわかるだろ・・・?


俺様は旦那を店の裏まで導いた。
桃ちゃんも慌ててついて来ている。

「幸村さま・・・。」

俺様は振り返り旦那の背に両の腕を伸ばした。
旦那の心拍数はどんどん上がってる。
「・・・・・・・・・っ、う、あ、」
・・・完全に動きが止まってしまった。
刺激されすぎて、頭の中真っ白になってるな、こりゃ。
それでも胸に顔を埋めれば、どくんどくんと煩い心臓。

「桃、殿・・・。今日の桃、殿は、いつも、と違う、ようだ。」
平静を装い、精一杯出た言葉らしい。
旦那、気付くかな。
「何か、悩み事でもあるのでござろうか。某に出来る事であれば・・・、」


「幸村さま、お願いがあるのです。」
「・・・何でござるか?」

「私に、口づけしてくださいますか・・・?」


(・・・・・・!!!!????)

(何言っているの佐助さん―――――!!!!)

二人の声が聞こえるようで。



「な・・・っ、な・・・な・・・!!ななななな何をもも申されるのか桃殿・・・っ!?」
ほーら、旦那はこれ以上無く慌てふためいてる。

「幸村さまは、私の事がお嫌いなのですか・・・?」
「そのような訳・・・!しかし、何故―――」

「もう一度、して頂きたいのです。今度は事故ではなく、幸村さまの意思で。」
そう言うと、目を閉じて顔を上げた。
「・・・・・・桃・・・殿・・・・・・。」

さあ、旦那はもう逃げられない。
ここまできてしなかったら男じゃないよ?

ここで、桃ちゃんに合図を出す。
直前で桃ちゃんと入れ替われば二人は・・・。

が、暫し戸惑った後、旦那は真剣な眼差しで俺様の腕をがっしりと掴んだ。

・・・え?あの、そんなに強く掴まれたら、入れ替わり出来ないんですけど・・・
旦那、力強・・・・・・ってほんとに、あの・・・!


・・・あれ?逃げられないのは、俺様の方?

旦那の顔が近づいてくる。

(えっ)
桃ちゃんが短く叫んだ。


その時。


「・・・いつもの桃殿の匂いがしない。」

「・・・へ?」
思わず地声が出た。

「だ、駄目―――っ!!!!」

遅れて桃ちゃんが旦那を止めようと出てきてしまった。

「桃殿が二人―――!?」
旦那は二人を見比べて口をぱくぱくさせている。
「桃殿は双子でござったのか・・・!」
「あー・・・違うよ旦那。」
もう潮時だな・・・と元の姿に戻った。
「佐助・・・!」
「ちょっとね、桃ちゃんの姿借りて実験をし・・・っておわっ!!」

「・・・・・・・・・・・・つまり、今までのは桃殿ではなく佐助であったと。」
「しかも一部始終桃ちゃんに見られてました、と。」
「・・・!!!!!!!!」

旦那は気恥ずかしさと怒りで更に顔を真っ赤にして槍を振り回した。
「わっ旦那!悪かったってば!」

「あの、幸村さま。匂いって?・・・私、そんなに臭かったのでしょうか・・・。」
桃ちゃんは俯いて尋ねた。
「桃殿は、甘い良い匂いがするのでござる!」
旦那は桃ちゃんに鼻を近づけた。ふと彼女が見上げると丁度二人の目が合った。
「す、すまぬ!」
「いえ・・・っ。」

「えーこほん。つまりあれだと。本物の桃ちゃんからは、旦那の大好きな甘ーい団子の匂いがするのだと。」
「そう、それだ!」
「だ、団子の匂い・・・ですか。」


見破ったのは、桃ちゃんへの想いの強さとかじゃないのかよ!





―――その帰り道、さんざん怒られたその後で。




「ねえ旦那、もし本物の桃ちゃんだったらあのまま口づけしてたでしょ。」
「ち、違う!!あれは匂いを嗅ごうと・・・!!」
「はいはい、そういう事にしておいてあげるよ。」
「だから違うと・・・!!」


その頃、彼女もまた一人呟いていた。

「でもびっくりした・・・・・・。もし“口づけしてください”とお願いしたら、してもらえるのかと思ってしまった・・・。ただ匂いを嗅ごうとされていたのね。」




真相は、旦那のみぞ知る。



 <次頁 あとがき>

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あきゅろす。
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