「紅蓮桜花」
幸村殿の恋人・3
桃殿と、二人。
自室から庭を眺め、並んで座った。
・・・・・・これでやっと落ち着ける・・・。
「・・・桃殿。聞いてもよいであろうか。」
「何ですか?」
「お館様と、どのような話を?」
「その、今までの事を話していました。幸村さまと、出逢ってから今までの事を。
幸村さまに山で助けていただいて・・・また再会する事が出来て。」
「某も、鮮明に憶えておる。そなたが新しい鉢巻を作ってくださって・・・。ほら、ここに大切にしまっているのでござる!某の、宝物でござる故!」
俺は棚の上の紅い小箱を開けて見せた。
「あ・・・ありがとうございます・・・っ。」
桃殿ははにかんで微笑った。俺もつられて微笑んでしまう。
・・・桃殿の笑顔が何よりも嬉しい。
出逢って最初に微笑んでもらえた時から、その度に胸が高鳴った事も憶えている。
「夏の初めには上田へ行って・・・。そうだ桃殿!いちと梅から手紙が送られてきたのでござる!」
「いっちゃんと梅ちゃんが!?」
書状には『おかあさまにあいたいです。 いち うめ』と一生懸命に書いたのであろう、拙いながらも心温まる文が綴られていた。
「わ・・・私も会いたいです・・・。」
「ならば今度、某とまた行ってはくださらぬか?秋になったらすぐ、紅葉を見にでも・・・っ!」
「はい!私でよろしければ、喜んで。」
やった・・・!桃殿とまた旅ができる・・・!
以前旅の終わりにも“また行こう”とは言ったものの、こうして具体的にいつ、行けるという事が決まると嬉しくて心が舞い上がってしまう。
「ね、幸村さま。お庭に出てみても良いですか?」
桃殿と庭へ出る事にした。
「色々なお花が咲いていて綺麗です。上田でも、いっちゃん達と三人で探検して・・・。」
「ここは広い庭ではござらぬ故、大して面白くは無いかもしれぬが・・・。」
「信幸さまにもまたお会いできたら嬉しいです。あのお母様は・・・良い顔をなされないでしょうけれど。」
「大丈夫でござるよ。某の・・・本当の母上は、きっと桃殿を歓迎してくれる。」
「そうだとしたら、とても光栄です・・・・・・。」
桃殿は庭のあちこちを歩いて眺め、とても楽しそうだ。
「あ、そこの石畳は滑りやすいので気をつけてくだされ!」
「え?きゃっ」
「危な・・・!」
俺は倒れる桃殿を抱え込んだ。
「・・・怪我はござらぬか、桃殿・・・。」
「はい・・・。すみませ・・・」
目を開けると、目の前には桃殿の顔があって。
「また、触れてしまうところであった・・・。」
そなたの、唇に・・・・・・。
思わず、口に出してしまっていた。
「いや、何でもござらぬ!・・・せっかく気にしないと言ってもらえたというのに、某は何故また・・・。」
とたんに蘇る、互いに触れた唇の感触。
けれど・・・
先程も、確認したではないか。
「・・・そなたの中ではもう忘れた事であったな。」
こんなにも、大事に記憶しているのは俺だけなのだから。
桃殿の体を起こそうとしたその時であった。
「あの日の事・・・・・・」
伸ばしたその手に、桃殿がそっと手を重ねた。
「・・・気にしてないなんて嘘です・・・・・・。」
「嘘・・・?」
「あの時は、そう言わないといつまでも気に病まれてしまうと思ったからで・・・。
本当は、忘れるなんて出来ません・・・。その、」
桃殿は目を伏せてぽつりと呟いた。
「・・・・・・・・・初めてでしたから・・・・・・。」
「某も、は、初めてでござった。」
顔が熱くなっているのを悟られぬよう、桃殿から背いて答えた。
それに今桃殿のほうを振り向けば、その唇に目がいってしまいそうで。
駄目だ、意識してはならぬ・・・!
何か、別の話題を・・・・・・
と、つい彼女を思い切り引っ張ってしまった。
「ひゃっ」
「・・・・・・!」
正しくは、引き寄せてしまった、である。
再び、彼女の顔が近づく。
紅くふっくらとした、やわらかそうな唇から目が離せない。
「・・・桃、殿・・・・・・・・・。」
彼女の頬に、手を伸ばしかけた。
「旦那―――桃ちゃーん―――大将が呼んでるよ――」
遠くで佐助の声がして、はっと我に返る。
「・・・何でもござらぬ・・・・・・。」
「は・・・はい・・・・・・。」
俺は立ち上がると、佐助に今行くと返事をした。
・・・・・・あのまま、佐助が来なければ俺は何をしようとしていた?
・・・いやその前に、俺は“何か”をしようとしていたのか・・・!?
俺は、何故桃殿を前にするとこうもおかしくなってしまうのだ。
・・・あの口づけからであろうか?
何故、口をつけ合ってから、こうも彼女の事ばかり・・・・・・
鼓動が落ち着くのを確認してから、単身お館様の待つ城へと戻る事にした。
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