「紅蓮桜花」 幸村殿の恋人・2 武田の城内はたちまち、 「幸村殿が、恋人を連れてきた!」 という話題で持ちきりとなっていた。 「・・・間違いない、あの娘は春先に幸村様がお助けになった娘さんだ!」 「なら、あれからもお二人は通じておられたという事か!」 「幸村様、おなごに興味無いふりして隅に置けませんねぇ・・・!」 当の本人達には、全く届いていないようだが。 「す、すごく見られています・・・っ。やっぱり私、浮いているのでしょうか。」 「そのような事はござらぬ。桃殿の足はちゃんと地面に着いておられる。」 そうじゃない、そうじゃ・・・!という周りの突っ込みにすら気づかない二人であった。 ―――俺は、桃殿と二人で城内を回るものだと思っておったのに。 「・・・秋山殿、内藤殿、甘利殿、小山田殿、馬場殿、山本殿。何故、某の後をついて来られるのでござるか?」 「そりゃー面白・・・、」 「幸村殿の連れてきたお嬢さんを間近で拝みたくてのう。」 「お初にお目にかかります、桃と申します。」 桃殿は皆に向かって微笑んだ。 「べっぴんさんじゃのー。幸村殿もやりますのう。」 「ようやっと年頃の男子らしくなってきたようですな。」 「それは、どういう・・・?」 皆は俺の質問には答えず、桃殿を取り囲んだ。 「失礼だが歳は幾つか?」 「十六です。」 「おおっまた黒々とした綺麗な髪だ。」 「おなごは良い匂いがするのう。武田は野郎ばっかだからのう。」 「これまたえらく白い肌じゃ。」 一人が桃殿の腕を掴んだ。 ・・・! 俺は瞬時にその手を叩いていた。 「・・・すまぬ。」 これ以上桃殿が絡まれるのは不快であった。 「これは失礼。幸村殿もこれしきで焼きもちを妬くとは、まだまだ可愛いですのう。」 「や、焼きもちではござらぬっ!」 桃殿に一通り案内し終えた後も、一向はしつこく後ろをついて歩いていた。 「ま・・・まだついて来られるのでござるか?」 「聞いても宜しいかね、幸村殿。お二人はどこまで進んでおるのか?」 「何処まで・・・?一番の遠出は上田でござる。」 「そんなべたな答えは不要ですぞ。お二人の仲はどこまで進展しているのかと尋ねたのです。」 一人が俺に耳打ちした。 (口づけは済まされたか?夜は共になされたか?) 「な・・・っ!!」 気が動転してよろめき、後ろの壁に思い切り背をぶつけた。 「何という事を申されますか!!!!そのような事あるはずが・・・っ!!!!」 言いかけて、言葉に詰まった。 違う 俺の唇は一度、桃殿の唇に触れてしまっている。 ――俺は、桃殿に口づけをしてしまっている―――― だが、その事は忘れたはずなのだ。 あの日の事は“無かった”事になったのだ。 胸が、きゅっと締め付けられる。 「その様な事、ある訳がござらぬ・・・。」 「やはりそうか。つまらぬ、つまらぬ。」 「幸村殿にはまだお早いか。」 皆は笑っていた。 その手の話題を出さないでくだされ・・・! ・・・早く、忘れさせてくだされ・・・・・・・・・。 「桃殿、走ろう。」 「え・・・?」 俺は桃殿の手を引いて城を出た。 「おおっ幸村殿が愛の逃避行だー!」 と冷やかす一行。 とうひこう・・・? 「あの、どちらへ・・・?」 「そうでござるな・・・某の屋敷へ参ろう。」 城のすぐ傍に置かせて頂いている真田の屋敷。父は既に亡くなり兄上は上田の城を守っているのでこの屋敷の主は俺という事になっている。 「お帰りなさいませ旦那様。」 「只今戻った。」 出迎えた侍女数人はすぐに俺の後ろの少女に目がいった。 「はじめまして、桃と申します。」 「だ・・・旦那様、そのお方は・・・!?」 「ああ、桃殿は・・・、」 「た、大変大変!」 「まだ、何も言っておらぬのだが・・・。」 侍女は慌てて奥へと行ってしまった。 「ええと・・・とりあえず、部屋へ参ろうぞ。」 俺は桃殿を自室へと案内した。 「大変!大変!旦那様が恋人を連れて戻られたわ!!」 「恋人!?あの、旦那様が!?」 「この日をどんなに夢見た事か・・・。」 「今日はなんておめでたい日なの!今晩はご馳走にいたしませんと・・・!!」 「ああ、これでこの家の将来も安泰だわ!」 侍女達に噂され、更に飛躍されているとも知らずに。 [*前へ][次へ#] [戻る] |