[携帯モード] [URL送信]

「紅蓮桜花」
幸村殿の恋人・1

少しずつ、縮まっていく二人の距離―――――



―――それは、夏の終わりのこと。


 「桃、と申します。」

私は何故か、かの武田信玄公と対面していた。




最初は、信玄さまと幸村さまとの何気ない会話からだったそうで。

「――曇りの無い良い目をしておる。悩みはどうやら解決出来たようじゃのう。」
「お・・・お館様!」
「お前の友人は元気にしておるか?婚儀は無事済ませたのか?」
「それが・・・某が、縁談をぶち壊してしまいました。しかし、友人は良かったと言っておりました。」
「そうか、お前が救ったか。」
「いえ・・・某はそのような立派な行いなど・・・」
「ふむ。・・・お前の友人とやらに、ワシも会ってみたいのう。」
「まことでございますか!!で、ではここに連れて参ります!!」
「うむ。楽しみにしておるぞ。」


いつもの時間に幸村さまは現れた。今日は珍しく、愛馬の朱羅に乗っていらっしゃる。
「朱羅!元気だった?――今日はどうなされたのですか?」
「桃殿!これから某と共に躑躅ヶ崎館まで来てはくれぬか!!」
「え?ど、何処ですか?」
「武田の居城にござる!!お館様が、是非桃殿にお会いしたいと!」

「お館様・・・って、た、武田信玄さまが・・・!?」

「う、うちの桃が!?」
「桃、何やったんだお前ー!?」
と傍で聞いていた両親も飛び出てきた。

幸村さまが連れ出してくださったお陰で、私の縁談が有耶無耶になったのはまだ昨日の出来事で。

「桃殿のお父上にお母上・・・!さ、昨日は大変申し訳御座いませんでした!!」
幸村さまは両親に向かって地面に頭がめり込む程平伏した。

「本当に申し訳無いなんて思ってるのか?」
と呆れた声で寄ってきたのは父さんの方。
「桃の為を思ってした事なんだろ?だったら謝ったりするんじゃねえ。」
「顔を上げてくださいな、幸村様。お気になさらないで。あなたのお陰で桃に笑顔が戻ったのだから。」
母さんはしゃがみ込んで幸村さまの顔を覗き込んだ。
「し・・・しかしこのままでは先方に・・・。」
「まあ、丁度今から詫び入れに行くところなんだけどよ、」
「えっそうなの父さん!?」
今初めて聞いた。

「それならば某も共に・・・、」
「いいから。そんな偉いお方に謁見出来るなんてまたと無い機会なのよ?幸村様と一緒に行ってらっしゃいな。幸村様、桃をお頼みしますね。」
「しょ、承知致しました・・・。」

両親に何があったのだろう?あんなに私の想いに反対していたはずなのに、幸村さまのお誘いに快く送り出してくれるなんて。


もう何度目かで慣れてきた朱羅の背中。
私はもう一つの疑問に悩まされていた。


何故、私なんかが一国の主に呼び出されたのだろう。

どうしよう。
信玄さまは、私の事を怒っていらっしゃるのかもしれない。
だって、幸村さまは毎日のようにお店に来てくださるんだもの。
大事な家臣が年中出歩いているのはこの店のせいだと目をつけられて、代表で私が呼ばれたのかもしれない。

「桃殿?どうなされた?」
甘い声と共に吐かれる息が、耳にかかる。
「あ・・・、い、いえ・・・っ」

私を包む幸村さまの温もりにだけは、今もまだ慣れずどきどきしている。


「某は先にお館様にお伝えしてくる。佐助、桃殿を頼んだぞ。」
「了ー解ー。」

私は佐助さんに連れられ、謁見の間と呼ばれる所の近くまでやってきた。
「もしかして、緊張してる?」
と聞かれて。

「あの、」
私は恐る恐る尋ねてみた。
「佐助さん、武田信玄さまはどのようなお方なのですか?」
「大将?んーとねぇ。大柄で眼つきが鋭く、大斧を振り回す毛むくじゃらで威厳たっぷりの恐ろしいお方だね。」
「・・・・・・・・・!!」
聞かなきゃ良かった・・・、と後悔しながら身震いした。

「ちょーっと脅かし過ぎたかな?」


「桃殿!お館様が謁見の間にてそなたに会えるのを待っておられる。一緒に来てくだされ!」
「は、はい。」
「じゃあ桃ちゃん、頑張って。」


ど、どうしても会わなくては駄目なのかしら・・・。
緊張が頂点にまで達し、そんな失礼な事まで頭の中をよぎってしまった。

「失礼致します!お館様!こちらが某の友人、桃殿にございます。」

「お初にお目にかかります、桃、と申します。」
私は床に向かって深々と頭を垂れたまま固まっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



あ・・・れ?

沈黙が長い・・・・・・。
ひょっとしたら気付かぬ間に何か粗相をしてしまったのかしら。

今の周りの反応が非常に気になるけれど、誰かが何か言うまで微動だに出来なかった。

「お・・・なご・・・?」

やがて正面の渋い声が沈黙を破った。

・・・?おなごって・・・・・・?
普通、“顔を上げよ!”とかではなく?

と思っていたら、

「・・・顔を上げよ・・・・・・。」

と声の主に告げられた。
ゆっくりと起き上がり前を見据えると・・・

苦々しい顔でこちらを見ている
大きな身体の、まるで虎のような威圧感を感じられるお方・・・


このお方が武田信玄さま・・・・・・・・・。



「この者が確かにお前の友人か、幸村!」
「はい。」
「お前の友人というのは・・・女性であったのか!」
「・・・?はい、そうでございます。」


信玄さまは立ち上がり、一歩一歩近づいてこられた。緊張は既に極限状態で、変な汗が吹き出てくる。
が、目を逸らせない。
信玄さまは私のすぐ目の前で胡坐をかいて座った。

「ワシは武田信玄と申す。幸村がいつも世話になっておるようじゃのう。」
「いいいいいいえ、滅相もございません・・・!むしろこちらが・・・、」

「ほう・・・。」
信玄さまは顎鬚を弄りながらまじまじと見つめてこられた。

「この者と暫し二人で話がしたい。幸村、佐助、少しの間席を外せ。良いな?」
「はっ。」
「御意。」


え・・・えええええええええ!?




いきなり二人きりにされ、しんとした重い空気の謁見の間。

そう緊張せずとも良い、と信玄さまはかかっと笑ってくださった。

「桃殿、と申したな。」
「はい。」
「家は何をしておる。」

・・・前にも同じ質問をされた事がある。そう、それは上田城を訪れた時。
真実を告げると、幸村さまの義理のお母さんは冷笑し、私と幸村さまを侮蔑した。


けれど、不思議とこの方には嘘はつきたくはない。そう感じた。


「家は、甘味処を経営しております。」
「ほほう。これはまた幸村が好きそうな。」
目の前のお方は豪快に笑った。
が、あの時のような嫌味は感じられない。

「これは失礼。なに、あの幸村がどこでこの可愛らしいお嬢さんを見つけてきたものか知りたくてのう。
しかし納得致した。奴の団子好きが高じて、このように良い縁に恵まれようとは。」
「・・・最初は、幸村さまが私を助けてくださったのです。」
「ほう。」

それから、幸村さまとのこれまでの話をした。
あんなに緊張していたはずなのに、今は自然と話す事が出来ている。


信玄さまは、不思議な魅力を持つお方。


「さて・・・・・・。」

信玄さまは会話を止めて障子の向こうを見やった。

先程から、表でちょろちょろと動く人影があったからだ。
「・・・そろそろ、幸村にそなたを返してやらぬといかんのう。」
「?」

「幸村よ!」
「は。」
影の動きが止まった。

信玄さまが障子を開けると、すぐ目の前で幸村さまが構えていた。
「桃殿に、敷地内を案内して参れ。」
「は・・・!」
とたんに幸村さまの表情がぱっと明るくなった。

「で、では桃殿、参ろうか。」
「はいっ。あ、では行って参ります。」

私は信玄さまに一礼をし、幸村さまの後をついていった。



「・・・幸村がおなごを連れて来るようになろうとは・・・。今日はめでたいのう、佐助。」
「そうすね。真田の旦那は、あの娘のお陰で変わっていってる。・・・確実に。」


そう
確実に、縮まってゆく―――――



[次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!