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「紅蓮桜花」
約束のために・2

それからは、もう無我夢中で。


「んな、何です、あなたは!」
「待ちなさい君!」

相手のご両親であろうか。もう声は遠く聞こえて。
颯太殿と一瞬だけ目が合ったような気がした。だが彼は何も言葉にはしなかった。


桃殿の手を引いて、町の中を駆け抜けた。

一度も振り返りはしなかった。出来なかった。


「ゆ・・・幸村さま!」

やっと振り返ると、呼び止めた桃殿はひどく息切れをしていた。

「す、すまぬ・・・!・・・すまぬ・・・。某は、勝手な事を致した・・・。」
呼吸の乱れた桃殿は、返事をする代わりに左右に思い切りかぶりを振った。

「来てくださるなんて・・・幸村さまが来てくださるなんて、夢みたいで・・・。だから、びっくりして・・・。」
真っ赤になって、桃殿は涙をぼろぼろとこぼした。
「う、あ、ああ・・・また、某は泣かせてしまった・・・っ!」
慌てふためいていると、桃殿はほんの少し笑った。
「いいえ、嬉しいから涙が出るのです。幸村さまが来て、連れ出してくださった事がとてもとても嬉しくて・・・。」
「ほ、本当でござるか?」
桃殿は涙を拭って答えた。
「お団子、召し上がってくださるのでしょう?帰ったらすぐ支度しますから待っていてくださいね。・・・それと・・・。」

今度は戸惑った表情で見つめられた。

「手・・・少しだけ、痛いです。」

「む?」

改めて、桃殿の手をしっかりと握っている自分に気付く。

「す、すすすすすまぬっ!」
「いえ・・・っ。」

慌てて離そうとすると、彼女は頬を染め俺を見つめたまま言葉を続ける。



「もう少し、このままで・・・・・・。」



こここここのまま!?


「こ・・・こうでござろうか?」

彼女の細い指に、手に今度はそっと触れた。



桃殿の家までの道程を、手を引きながら帰る。
この町は普段こんなに静かであっただろうか。

今聞こえるのは、この胸の鼓動だけ。


手が、熱い・・・・・・。





一方で。
鎧男に娘を連れ去られた一同は、慌てて二人を追いかけていた。
“団子”という言葉を発していたのだから、恐らくは桜花庵に戻るであろうと。

「あいつ、何者なんだ!」
「うちの店によく来るおさむらいだ。桃にしつこく付きまとっ、」

「桃の想い人だよ。」

両家の父親の問答に割って入ったのは颯太であった。
「颯太君・・・あなた、知っていたのね。」

「はい。おれは知ってて・・・桃から笑顔を奪ったんだ。」


桜花庵に駆けつけた一同が見たものは、
団子を作る幸せそうな少女と、それを愛おしそうに見つめる紅蓮の若武士の姿であった。

「あの娘のあんな顔、初めて見たわ・・・。」
「ああ・・・そうだな。」
夫婦は顔を見合わせた。




「幸村さま、お待たせ致しました。」

「お…おおおおっ!!これが、そなたが作った団子でござるな!!」
「あの、本当にまだ、店に出せる程の代物ではな…」
「美味い!」

待ちきれなくて、桃殿が言葉を言い切らぬうちに最初の一つは口の中へと消えた。
いつもの店の味とは少し違うが、俺は・・・こちらの方が好きだ。

「桃殿の団子、まことに美味い・・・!」
皿の上の団子はみるみる内に消えていった。
「そんな事・・・。ふふ、一度に食べたら喉を詰まらせますよ?」

しかし。

最後の一つが何故か急に勿体無く思い、口に頬張るのを躊躇した。


「…桃殿、結婚などしないでくだされ。」

「幸村さま…?」

「某が口を挿む権利など無い事は重々承知の上なのでござるが…某は、これ以上桃殿の悲しむ顔は見たくはないのでござる。某との約束が原因で桃殿が承諾したというのなら尚更…。」
「それで、連れ出してくださったのですか?」

確かに、そうなのだ。
だが俺の心の奥深くにはもっと、…上手くは言えぬがもっと大きなものがある気がする。
それが、散々俺を苦しめてきた感情の正体なのかは分からぬが。

「…その様なものは、己のした事を正当化しようとしているだけにすぎぬ…。」

桃殿の為だけでない。
俺は、己の為に動いたのだから。

「某が、ただ嫌だと思ったから颯太殿の家から連れ出したのだ。某が強引に…。
桃殿、今一度本当の気持ちを聞かせてくだされ。そなたは、望んで結婚なされるのではないのでござるな?」

「・・・私は、結婚なんてしたくありません・・・。」

「桃殿…。」
「私は、好きなひとなんていませんから・・・。・・・・・・・・・・・・・・・他の、誰も・・・・・・。」
「そ、そうでござった・・・のか?」

「だから、ですね。」

桃殿は串に刺さった最後の団子に手を添え、俺の口元に近づけた。

「私は幸村さまとただこうしていられるだけでいいんです。」
そう言って桃殿は微笑んだ。

その瞬間、苦しい気持ちが何もかも消え去って心の臓が跳ね上がった。
ずっと待ち望んでいた大切な人の笑顔が、今目の前にあるのだから。

きっと、桃殿はただの“友人”よりももっと深い存在…。けれど、それを何と呼ぶのかはまだ解らずに。
この高ぶる気持ちを、どう表せれば良いのかはまだ解らずに。
ただひとつだけ言えるのは


―――――ずっと、こうしていたい………。


「某も、同じ気持ちでござる。」

差し出された団子を口にした。



このひとときが

そなたといる今がとても大切なのだから。



 <次頁あとがき>

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