「紅蓮桜花」
約束のために・1
ただ
大切なものを取り戻す為俺は駆け出した。
ただ
そなたに会いたくて―――・・・
「はあ、はあ・・・。颯太殿の家はど・・・どちらの道であっただろうか。」
慌てて飛び出した為、牡丹殿の説明を思い出そうとするものの頭の中が真っ白になっていた。
「早く・・・早く行かねばならぬのに・・・!」
「どうかされたのですか…?」
辺りを見渡しながら歩くと、すれ違いざま長い髪の男に声を掛けられた。
「お尋ねしたいのでござるが、呉服屋は何処かご存知であろうか。」
「そこの角を曲がって真っ直ぐですよ…。」
「かたじけのうござる!」
会釈をし、言われた道をまた駆け出した。
白髪のやせた男は薄い笑みを浮かべ見送っていた。
角を曲がると、正面に一際大きな家があった。
颯太殿のご実家、呉服屋。
「ここか・・・。」
桜花庵同様、此方も休業となっているようだ。
俺は構わず店の中へ入った。
「失礼致す。」
「悪いねお客さん。今日は店は休みなんだ・・・ってその格好、は・・・。」
中から出てきた男は俺の格好を凝視した。
「お・・・客さん、な、なにか御用で・・・?」
颯太殿の父親・・・にしては若すぎる。ご兄弟であろうか。
「桃殿という女人がここに来ておられるであろう。」
「桃・・・?あ、いや・・・、」
男は口籠った。
「・・・おるのでござるな。申し訳ござらぬが、上がらせていただきたい。」
「ちょっと困りますよ!今弟の大事な・・・」
「ここを通してくだされ!」
男の制止を振りきりずかずかと奥へ入っていった。
桃殿・・・・・・。
俺に出来る事。
そなたとの約束を守る事。
そなたに悲しい思いをさせぬ事。
どちらも大切なのだ。だから・・・・・・やる事はただ一つ。
「桃殿は、颯太殿には渡せぬ!!」
たとえ、そなたが他の誰かを想おうとも。
胸がまた少し痛んだ。
―――――その頃。
奥の間では両家が顔を合わせていた。
「うちの颯太は末っ子で甘えん坊なところがありますからな、少しそちらで厳しくしてもらった方がいい。」
「桃さん、颯太をよろしくね。」
「・・・・・・。」
「では、正式なお日取りは・・・」
「お互い幼い頃からずっと一緒だったんだ。何なら今日からだって・・・、」
「桃さんはどう思われますかな?」
「・・・・・・。」
「・・・桃?」
隣の母親の声に、彼女はやっと反応した。
「あ・・・はい・・・。」
「桃は緊張しているんだろう。」
笑い飛ばす父とは違い、母親は彼女の気持ちに気づいていた。
会いたい・・・。
彼女はそう思っていた。
たとえ友達以上に思われなくても、このまま颯太と夫婦になったとしても、
いつもだったら、今頃はお会い出来る頃なのに。
・・・幸村さま・・・・・・・・・・・・
彼女は心の中で、愛しいその人の名を呼んだ。
「・・・桃殿ー・・・、」
・・・今・・・・・・
心の呼びかけに応えるように、微かな声がした。
そんなはずが無いのに。彼がいる訳が無いのに。
幸村さま・・・・・・?
「桃殿!!!!」
開かれた襖の向こうには、いつしかの紅蓮の装束を身にまとった“彼”がいた。
「ゆ・・・幸村さま!?」
少女は思わず立ち上がる。
突然の鎧姿の男登場に両家は暫し固まっていた。―――――
もう後には引けぬから。
するべき事はただ一つだけ。
「失礼致す。某、真田源二郎幸村と申す!某は・・・・・・、」
俺は呼吸を整えた。
「某は、桃殿の作った団子が食べたい!」
「・・・・・・・・・・・・団、子?」
沈黙ののち、それぞれが口を開いた。
「故に桃殿、共に来てくだされ!!」
桃殿がこちらに踏み出そうとすると、彼女のお父上が立ちはだかった。
「・・・帰ってくれ。」
「・・・出来ぬ。」
桃殿が、今こちらに歩み寄ろうとしたのならば尚更。
「桃殿!」
俺は、桃殿の手を掴み取り部屋を飛び出した。
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