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「紅蓮桜花」
傷だらけの祝福・3

ずっと、痛むのだ。

最初に桃殿と颯太殿が夫婦となると聞いたその時から

ずっと、この胸が痛むのだ・・・・・・。


「“夫婦”とは、何であろう・・・。」
何故夫婦という言葉を聞いてから自分はこうなってしまったのであろう。


「幸村、浮かない顔をしておるな。」

「お館様・・・。」
今宵は久しぶりにお館様と夕餉をご一緒する事となり、俺はお館様の部屋を訪れていた。
「訳を言うてみよ。」
「お館様・・・。“夫婦”とは、何でございましょうか。」
そう発した途端、近くにいた侍女がむせ返っていた。
「ほう、お前にしては珍しい事を聞くのう。」

この手の話題を、自ら切り出す日が来ようとは思いもしなかった。
他の者に話題を振られても、いつもは恥ずかしくて目を背けていたのだから。

運ばれた食事に口をつけながら話は続いた。
「お前自身は、どのように思う?」
「は・・・。某にとって、身近な夫婦というのは己の父上と母上しかございませぬ故・・・。あ・・・も、申し訳ございませぬお館様・・・!!」
お館様には、奥方様が一人もおられなかった。その理由は俺を含め誰一人として知らない。
「よい。続けよ。」
「で、ですので・・・一般的にはどのようなものかは存じませぬが、仲睦まじい者が共に暮らすものかと思いました。」
「ふむ。その通りじゃ。・・・どうした、幸村。好いたおなごでも出来たか?」

ぶっごほ!!!
汁を吹きこぼした。
「某の話ではございませぬっ!!・・・友人の、話でございます。その友人が近々夫婦となると聞いたのですが某には夫婦というもの自体実感が沸かずどのようなものか知りたいと思っただけでございます。・・・ただ、」
「ただ?」

「・・・分かりませぬ。何故だかあまり喜ばしく思わぬのです・・・。本来ならば、親しい友人が幸せになるのですから共に喜び合うのが道理だど思うのでございますが・・・。某には、どうしても・・・・・・。」
「ふむ・・・。その友人とやらは、本当に幸せそうであったのか?」
「え・・・。」

「先程のお前の説明に一言加えるとすれば、必ずしも仲が良いから夫婦になるものではない。多くの者が、政略的な理由で結婚させられる事もあるのだと。家の為、子孫を残す為など、な。」
「左様・・・でございますか。」
「お前のご両親は特別幸せであった。その事を誇りに思うがよい。」
「は。ありがとうございます・・・。」


幸せそう・・・・・・か。

夜も更けた頃、俺は布団の中で思い返していた。

この頃の桃殿は―――笑ってはいた、と思う。

しかし何故であろう。今、桃殿の泣いている顔しか思い浮かばぬ・・・。


「佐助。まだ起きておるか。」
横になったまま呼びかけると、天井から声が返ってきた。
「・・・起きてるよ、旦那。」

俺と佐助は、そのまま会話を続けた。

「桃殿の、・・・結婚の話。」
「うん。」

「・・・桃殿には颯太殿ではなく別に慕っている者がおって、その者と夫婦になるのだそうだな。」

「ちょっと待って、何の話?」
「桃殿本人が言っておった。想う者がおるから颯太殿とは結婚しないと。」
「それ、誰の事か聞いてないの?」
「そこまで聞き出すのは失礼であろう。」

「・・・・・・はぁ〜。」
佐助の深い溜息が聞こえた。

「俺はな、佐助。酷い人間なのだ。」

「・・・どうしたのまた。」
「桃殿は大切な友人なのに、・・・なのに、心から祝えぬのだ・・・。」

「それはどうして?」

「分からぬ・・・。分からぬから、ずっと、ずっと胸が苦しいのだ・・・・・・。このような己が嫌だ。醜き己の心が嫌だ。
大切な友人を祝福せぬ悪しき心が、この胸を締め付けているのであろうか・・・。
教えてくれ、佐助。俺はどうしたらよいのだ・・・・・・・・・!!」

「苦しいんだね、旦那・・・。祝福するのが辛いのはね、旦那の本心が桃ちゃんを友人とは思ってないからだ。」
「そのような事は無い!!俺はまことに・・・!」

「旦那、一度だけ言うからよく聞いて。このままだと桃ちゃん、望まぬ相手と結ばれなくちゃならない。」
「しかし、桃殿の話では―――・・・」
「聞いて。旦那がどうすればいいか。・・・簡単だ。それは、大切な娘に悲しい思いをさせない事だろ?」

「このままでは、桃殿は悲しむと・・・?」

「桃ちゃんは、結婚を望んでなんかいない。じゃあ、旦那はどうすればいい?
もう一度、考えてみて。旦那にとって桃ちゃんって何?胸に手を当ててもう一度、よく考えてみて。
・・・それじゃ、おやすみ。」

「あ、さす・・・」
気配が消えた。


桃殿と颯太殿が結婚するというのは本当という事なのか。だが桃殿には別に慕っている者がおるから結婚したくない、という事で・・・。
・・・もし颯太殿と結婚しなくても、桃殿は別の誰かと・・・・・・

「・・・痛い・・・・・・何故、こんなにも辛いのだ・・・・・・。」

桃殿は、確かに俺の大切な友人なのだ。でなければ、こんなに桃殿が胸の内を占めるはずがない。
でなければ、毎夜桃殿を想いながら眠るはずがない。

だから、桃殿を悲しませたくはない。

・・・嫌
悲しいのは、きっと俺のほうだ。

額を、両の手で覆った。



明くる朝訪れたのは、やけに静かな桜花庵であった。

「本日は、お休みしま、す・・・・・・?」

と貼られた紙切れひとつ。
「な、何故・・・?桃殿―――!!桃殿はおられるか―――!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「だ、誰もおられぬとは・・・・・・。」

「幸村様じゃない。」

戸惑っていると後ろで女人の声がした。
声の主が桃殿でない事はすぐにわかった。
「牡丹、殿・・・。」
彼女なら、この家の者の行方を知っているかもしれぬ。
「牡丹殿、教えてくだされ!桃殿は―――、」

「あなたには教えない。」

「え!?な、な・・・どどどどういう事でござるか!?」
“知らない”ではなく“教えない”と。確かに彼女は申した。

「あなたはあの娘を傷つけた。だからあなたには会わせてあげられない。」
「ま、待ってくだされ!!傷つけたとは、」

「幸村様、どうして気付かなかったのよ!?あの娘、あなたの前で何回泣いてた・・・・・・?」

「!!」

桃殿の、涙。

謹慎が解けて久しぶりに会いにいったとき。
上田の帰り、もうすぐ町へ着くであろうそのとき。
―――祝福の言葉を告げた、その後・・・・・・。

いずれも、理由を聞けなかった。

「桃は、誰と結婚したい訳でもないの。ただ・・・あなたとの約束を守る道を選んだだけなのよ。」
「――某の・・・?」

「桃はね・・・ずっとずっと、待っているの。毎日毎日、あなたが来るのを楽しみに待っているのよ。自分がどんだけ想われてるのか、いい加減気付きなさいよ馬鹿!!」


 ―――“幸村さまの良いところなら、私がたくさん知っています”


桃殿・・・・・・・・・
今でも、胸が苦しくなる。

約束。

 “そなたの作った団子が食べたい”
 “一番に幸村さまに食べて頂きたいです――・・・”

それはほんの些細な、けれど何よりも尊い約束。

お館様もおっしゃっていた。
“家の為”―――――

俺との、約束の為に桃殿は―――――・・・?


「あたしじゃ何もしてあげられないの、引き止められるのはあなたしかいなかったのに・・・・・・!!」

「教えてくだされ!」
牡丹殿に詰め寄った。桃殿に、会いにゆく為に。


大切な
大切な桃殿に、悲しい思いをさせぬ為に。

―――いつでも、笑っていてほしいから。


まだ、間に合うだろうか。
俺は、桜花庵を飛び出した。



嫌だ、桃殿。

結婚などしないでくだされ。



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