「紅蓮桜花」
出逢い・2
「あ・・・危なかった・・・。」
持っていた槍で身体を支えられたからよかったものの・・・。
先程の声の主はこの近くにおるのだろうか。
「お、おーい、誰かおるのかー。」
「は・・・い。」
背後で、やわらかい声がした。こ、これはももももしやと思ったが・・・。
ゆっくりと振り返ると、予想通りの展開が待っていた。
お・・・おなごだ。
歳は俺と同じくらいであろうか。
漆黒の髪を後ろで緩く束ね、鮮やかな着物は桜餅のような良い色合いで。
まだあどけなさの残った顔は紅潮して、瞳には大きな涙の粒をうかべていた。
「・・・う、ええと。」
女人を相手にするのは苦手だ。というより、免疫がまるで無い。し、しかも泣いておる。
残念ながら、こういう時に助けてくれる信頼する部下は、ただ今別行動中だ。
いや、そもそも半分事故とはいえ自分でここまで来たのではないか。
(お・・・お館様、この幸村、試練を乗り越えてみせますぞ!!)
「あ・・・そ、その・・・崖からお、落ちたの、か?」
当たり前な質問をしてしまった。
少女はこくん、と頷く。
「け、怪我は?」
「足を少し・・・。」
と言って着物を少しめくられ、どきりとした。が、赤くなっている場合ではなかった。
少しどころでは無い。足首のすぐ上は紫色に変色している。もしかしたら折れているかもしれない。
他にも、途中枝に引っ掛けたのであろうか。腕にも無数の切り傷がある。
「・・・さぞかし痛かったであろう。」
おそるおそる彼女の足に触れる。
「痛・・・っ」
「す、すまぬっ。」
「いえっ大丈夫です・・・。」
おそろしいのは、今無意識に手が伸びてしまった事だ。
なななな何て事をっ!!
適当な木の枝を見つけ、額に巻いた紅い鉢巻をほどき、少女の足にきつめに固定する。
「すまぬ、今はこれ位しか出来ぬ故。応急処置でしかないが・・・。」
「ありがとう、ございます。あの、あなた様は・・・?」
「某の名は真田源二郎幸村。・・・・・・と、無闇に名乗るなと言われているのであった・・・。」
すまぬ、もう言ってしまった。
「・・・ふふっ。私から名乗ればよかったのですよね。私は桃、と申します。」
笑った。
「桃殿・・・か。」
おなごに触れるのは初めてであった。
なんと細い足首なのだろう・・・。こんなに華奢なものだとは知らなかった。
きつく巻き過ぎてはなかったであろうか。折れてしまわないだろうか・・・。
いや、今はその様な事を考えている場合ではない。
このおなご・・・桃殿を連れて、どうやって上へ戻ろう。
これくらいの崖を上がるのは簡単な事だ。一人、なら。
抱えて上がるしかないのだが、・・・・・・・・・抱える!?
抱きかかえる!?な、なんという破廉恥な発想を・・・っ!!
いや、しかし他にどうしようもなく・・・。そのような、だが・・・。
頭がぐるぐるしてきた・・・。
「幸ー村ー様ー?」
上から家臣たちの呼ぶ声がする。
そうだ、早く戻らねばならなかった。
それに桃殿の怪我も早く診てもらわねば。
覚悟、せねば。
「し、しししししししししし失礼致すっ。」
両の腕で彼女を抱え上げ、一蹴りで崖の上へ跳び上がった。
「きゃ・・・」
「幸村様〜心配しまし・・・」
「皆、すまなかった。」
突然女人を抱えて現れた幸村に、最初誰もがたじろいだ。あの幸村様が・・・?
「け、怪我人ですか。」
「こりゃあ、途中で医者に寄ったほうがよいですな。」
「ああ。すまぬ。」
「あの、すみません、私・・・。」
「気にしなくて良いでござる。」
幸村は少女を自分の馬に乗せた。
少女は馬に乗ったのも初めてであったが、こんなにも男の人の体温を間近で感じた事も無かった。
「―――では、これで。」
彼女が住んでいるという町まで送り、医者に診てもらったところやはり骨折であろうことがわかった。
「待っ・・・て・・・っ。うあっ。」
よろめく桃を支えんとし、幸村は咄嗟に手が出てしまった。
「す、すまぬ・・・っ。しかしまだ歩いては駄目でござるよ!」
「い・・・いただけませんっ。こんなに、治療費・・・っ。」
「いいのだ。早く良くなられるとよいでござるな。」
幸村は町医者に少女を預け、甲斐の主の待つ城へと帰還した。
「さなだ、ゆきむらさま・・・・・・。」
少女は立ち去った後も、彼の名を繰り返した。
紅い包帯にまだ残る、ぬくもりを感じて。
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