「紅蓮桜花」
秘密の旅路・8 決意
夢の時間は終わり。
目が覚めたら、向き合わなければならないの。
覚悟しなきゃ・・・って決めたから。
待っていてくれる人のところに帰らなくてはならないの。
でもね、本当の私はまだ―――――・・・
私はいつの間に寝てしまったのだろう。
何故、朝起きるとちゃんと布団の中にいたのだろう。
・・・幸村さまは一体どうしたのかしら・・・・・・・・・。
「おい!」
幸村さまを捜そうと部屋の外へ出ると、そこにはお兄さんの方が立っていた。
「お、おはようございます・・・。」
お兄さんはじっと私を睨んだ後、深いため息をついた。
「その様子では何も無かったようだな。」
「何も、とは?」
「な・・・っ。そのような事が言えるか!!破廉恥な娘め・・・・・・っ!!」
「???」
お兄さんは何故か一人で真っ赤になっていた。
「今日帰ると言っておったな。」
「はい。」
「弟を、頼む。あいつは女性に慣れていない所為で色々と苦労もするであろうが・・・、・・・愛する人が出来たなら、きっと一生懸けても大切にするであろう。」
許婚とは、嘘である。
「そろそろ源二郎がお前を迎えに戻って来るかもしれぬ。では源二郎の許婚よ、失礼する。」
だけど、今一瞬だけ、幸村さまとの未来を想像してしまった。
「お母様、またきてね?ぜったいよ?」
いっちゃん・・・梅ちゃん・・・。
「あのね、恐い方のお母様にいじめられたから帰っちゃうんじゃないよね・・・?」
「こんどお母様のことをいじめてたら、うめがぺんぺんしとくからねっ。」
「だから、ぜったい会いにきてね?」
「ね?」
うるうるした瞳のあまりの可愛さに思わず二人を抱き寄せてしまった。
「ありがとう。いっちゃん、梅ちゃん・・・。元気でね・・・・・・。」
でもごめんね。
その約束は、出来ないけれど・・・。
「おい源二郎の許婚!」
呼び止めたのはお兄さんであった。
「・・・また来るがよい、“桃殿”。」
そう言って笑ったお兄さんの顔は、幸村さまとよく似ていた。
私は、帰る前に一つ幸村さまにお願いしていた。
「某の母上に・・・?」
「ちゃんとご挨拶していませんでしたから。」
屋敷の離れには小さいお墓があった。
「ちゃんと手入れされている・・・。兄上がやってくださったのか。」
「お花、今朝いっちゃん梅ちゃんと摘んできたんです。」
「かたじけない。」
花を供え、手を合わせ目を閉じた。
(幸村さまのお母様・・・。あなた様にご挨拶できた事、光栄に思います。
私・・・・・・・・・
幸村さまに逢えてよかった。)
「では、出発致そうか。」
馬に乗り、私達は甲斐へと戻る。
それは、
―――最後の“秘密の旅路”―――
幸村さまの鼓動を感じる。
今全身で感じている。
―――――あなたが好き。
あなたといればいる程、この想いが大きくなってゆく。
山で助けてくださった事も、お団子を嬉しそうに食べる姿も、鉢巻を大切にしてくださった事も、泣いている私を上田へ誘ってくださった事も
すべて。すべて
今ならはっきりわかるのに。
・・・これが“恋”だったんだって。
・・・さようなら、私の初恋。
道中、休憩をはさむ事になった。
町は、もうすぐそこで。
「朱羅、もうあなたに会うことも無いのかな。さみしいね。」
幸村さまの愛馬は言葉に応えるように短くないた。
「すまぬ・・・気晴らしになればと誘ったものの・・・そなたにはかえって気苦労ばかりかけてしまっただけのような気がする。」
「そんな事ありません!いっちゃんや梅ちゃんと遊んで楽しかったですし、幸村さまのお話もたくさん聞けましたから。」
「それなら良かったのだが。」
「はい、私・・・とても楽しかっ・・・・・・」
「・・・桃殿?」
最後まで、言葉が出せなくて。
これで本当に終わりなんだと悟ってしまったから。
帰ったら、私は颯太と夫婦になる。
もう上田には二度と来られない。
もうあなたの隣にいられない。
言葉が、詰まる。
「・・・桃殿、どう致した?」
「あー、旦那。ちょーっと桃ちゃん借りるよ。」
「佐助さん・・・?」
佐助さんは私を幸村さまから離れた場所まで連れ出した。
「答えは、出た?」
「はい・・・・・・。」
「じゃあ、何でそんな泣きそうな顔してんの?」
「それは・・・・・・。」
「自分の答えに納得出来てないからだろ?本当は結婚したくない。だけど店の事がある。両親の事がある。真田の旦那は武士の家だけど、桃ちゃんは町人だしね。」
「そう、です。だから私は、」
「じゃあ、そんなしがらみに捕らわれなかったら、君はどうする?」
店も、親も、全部抜きにしたら・・・・・・
それは幸村さまと一緒にいられた、この二日間でもあった。
「“前に進め”ってさ。」
「え・・・・・・。」
「お友達からの伝言。」
以前、私の初歩的な質問に友人・牡丹がくれた答え。
―――どうなると恋っていうのかわからないんだもの。
桃、ひとつ、教えてあげる。それはね――――――
「“一緒にいて、幸せだと思うこと”。」
「桃ちゃんは、諦めなくていいんだよ。真っ直ぐ旦那の事を想っていればいいんだ。
だから、君の本音でぶつかればいい。誰にも遠慮なんかするな。」
それは、
ずっと
ずっと欲しかった言葉。
「本当の気持ち・・・。」
「うん。」
「私は!
幸村さまと一緒にいたい・・・。だから結婚なんかしたくない・・・。
身分が違ったって、住む世界が違ったって、私が好きなのは幸村さまだもの。
だから・・・私は、諦めたくない。この気持ちを、ちゃんと伝えたい・・・・・・!」
「よくできました。」
佐助さんは私の頭をぽんっと撫でた。
「じゃあ、もう旦那の元へ戻れるよね?」
「何を話しておったのだ?」
「へへへー。内緒。」
「幸村さま。」
「む?」
「また行きたいです!上田!」
「おお・・・!また共に参ろう!」
私は前に進む。―――本当の意味で。
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