「紅蓮桜花」
秘密の旅路・5 修羅場
―――妹ができたみたいで嬉しい。
三人でお庭を冒険する中そう言ったら、いっちゃんと梅ちゃんも一緒になって喜んでくれた。
「ねえ、お母様はお父様のこと、好き?」
「え・・・・・・っ。」
「すきー?」
「・・・うん、好きよ。
でも、お父様には内緒にしてね?」
「なんでー?」
「言ったらお父様、びっくりして倒れちゃうから。」
「たいへん!じゃあ内緒にするー!」
「するー!」
「―――あらまあ。賑やかね。」
振り返ると、妙齢の女性が一人たたずんでいた。髪は肩ほどで切り揃えられていて、落ち着いた色合いの藤色の着物は決して華やかとはいえないが、穏やかに笑うその人からは気品が漂っている。
「あ、あの・・・・・・・。」
「・・・誰の許可を得てこの屋敷に忍び込んだのかしら、仔兎さん?」
「え・・・・・・・・・?」
「母上!」
幸村さまが息を切らしながら駆けてきた。その人と私の間に割り込むと、私に背を向けたまま言葉を続ける。
「いち、梅・・・。暫く信幸兄上と遊んでいてくれ。」
「はーい!」
「大きいお父様ー!」
その人は、笑顔を絶やさずこちらを見ている。
「源二郎・・・。あなたは何処まで非常識なのかしら。
連絡もせずにいきなり戻ってくるわ、そこのみすぼらしい娘を勝手に屋敷内に連れ込むわ・・・。」
「申し訳ございませぬ、母上。しかし、桃殿に対する侮辱はおやめくだされ。」
「ほう。して、何かしらこの娘は。」
「某の・・・・・・・・・い、いいい許婚、で、ござる。」
「許婚・・・。どこの家の者なの?」
家?・・・団子屋って答えたらまずいのよね・・・。
「た、武田の家臣の娘でござる。」
「ふふ、ふふふ・・・。源二郎は本当に嘘が下手ね。そうね、わたくしが見たところ・・・その娘、町人の娘じゃないかしら。」
ずばり言い当てられてしまった。
「どこで拾ってきたのかは知らないけれど、わたくしの屋敷が汚れるから早く元あった場所に返していらっしゃいな。」
「ですから母上・・・。桃殿を侮辱するのはおやめくだされ!」
その声からは微かな苛立ちを感じた。
「あなた・・・本当は何処の娘なの?」
「・・・・・・・・・家は、甘味処を営んでいます。」
「甘味・・・?ふふ、あははは。いかにも源二郎が好きそうね。源二郎・・・。ほんっと愚かすぎて面白い子。あの子達を引き取ったのもそう。下の者と馴れ合うのもいい加減になさいな。」
どうしよう、私の所為で幸村さまが悪く言われている・・・。
「私が・・・私が我儘言ったからなんです!上田の景色が見たいだなんて・・・だから幸村さまは無理して・・・。」
「違う、某は・・・・・・、」
「源二郎、何度も言うけれど兄を少しは見習ったらどうなの?それとも、あなたの小さいおつむでは難しいのかしら。」
この人、本当に幸村さまのお母様なの・・・・・・?
さっきからなんてひどい事を言うのかしら。
どうしたら自分の子供にそんな言葉を口に出来るのかしら。
なんてとても言えそうにない・・・。が・・・
「母上・・・・・・、」
「真田は信幸ひとりでよかったのに・・・どうしてあなたがいるのかしら・・・。」
今、何て・・・・・・
「・・・・・・・・・申し訳、ございませぬ・・・・・・。」
それは、
生まれてこなければよかったってこと・・・?
お母さんが、そんな言葉・・・・・・・・・
「あなたに・・・あなたに言われたくない!!」
言ってしまった。
「無礼な・・・わたくしに口答えする気!?」
その人の表情が初めて崩れた。
「す、するわよ。庶民だって、言いたい事は言わせてもらうわよ!団子屋の何が悪いのよ!私はね、魂込めてこの仕事やってるんだから!」
もう止まらない。
「あなた、お母さんなのに幸村さまの事何もわかってないじゃない!幸村さまはとってもとっても優しいし、誠実だし、すごく心のきれいな人なんだから!!」
「桃殿!」
遮ったのは、幸村さまの方だった。
「・・・もうよい。母上、失礼致します。」
幸村さまの後を追い、長い長い通路を抜ける。
いくらひどい事を言われたとはいえ、私は幸村さまのお母様になんて事を・・・・・・。
幸村さま、目を合わせてくださらない・・・。きっと怒っているんだわ・・・。
「・・・ありがとう。某のかわりに怒ってくれて。」
ふいに立ち止まり、小さく呟く声が聞こえた。
その瞬間、さっきまでの緊張が一気に解け涙腺が弛んでしまった。
「だって・・・。だって、あんまりじゃないですか。あんな一方的に・・・。」
「そなたが怒ってくれたから、もうそれでよいのだ。」
「・・・幸村さまの良いところなら、私がたくさん知っています!」
「桃殿は優しいおなごでござる。」
その指が、こぼれる涙をすくった。
「優しくなんか・・・。幸村さまのお母さん怒らせましたし。」
「あの人は・・・某の本当の母ではない。」
「え・・・?」
「驚いた・・・。あの娘―――よう似ておるわ。あの“女”に。」
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