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夢小説の館
四 愛はここに



 万理―――・・・


夢の中で、誰かが頭を優しく撫でてくれた。私の名を呼びながら・・・。
それが嬉しくて、だけど悲しくて、私はまた涙を流していた。

「万理。―――万理。」

その温かい手は頬に触れ、そっと涙を拭ってくれた。

「幸村・・・・・・・・・。」

目を開けると、彼がそこにいた。
「・・・・・・っ!」

驚いて飛び起きようとすると、彼に上から押さえつけられた。
「い、たい・・・。」
彼は慌てて手を離す。
「し、失礼致しました!!ですが安静にしていてくだされ。少し熱があるようでございます。」
見渡すと古びた狭い物置小屋のような所にいる事がわかった。雨の音は、もうしない。
「使われていない民家の物のようでございます。暫くはここで・・・。」

「幸村・・・。助けに来てくれたんだ。」

「姫様の呼ぶ声が聞こえました故。」

「あの雨の中・・・?」

「某は、どこにいても姫様を見つけ出すと申しました。」
「そうだったね。」

今まで笑みを浮かべていた幸村の顔が暗くなった。
「姫様・・・。
・・・某は・・・あなた様を、泣かせてしまいました・・・。」

「な、泣いてなんか・・・。」

幸村の手が、再び頬に触れる。

「・・・あの頃は、良かった。あなた様を名前で呼ぶ事ができたあの頃は。」

「今も、呼んでよ・・・・・・。」

「・・・出来ませぬ・・・。」

「呼んでよ・・・・・・幸村・・・。」
「・・・・・・・・・。」

「駄目、なんだね・・・。ごめん・・・わがまま言って。ごめん・・・・・・、
・・・ごめんなさい・・・・・・。」

「泣かないで、くだされ・・・・・・。」

「私ね・・・あなたがよかったの・・・。ずっと、ずっと、幸村が好きだったの・・・。」

「万理。」
次の瞬間、私は幸村に抱き寄せられていた。

「父を亡くし、慣れぬ生活で塞ぎ込んでいた某の心を照らしてくださったのは万理でござった・・・。万理を大切に想う内、それが抱いてはならぬ想いである事に気付いたのだ。
あなた様の名を呼ぶ事で、一家臣以上の想いを抱いてしまう・・・。そんな己が許せなかった。
もし・・・どこへも行かないでほしいと望む事が許されるのであれば、某はいくらでも願い続けたというのに・・・。」

「どこへも行かない・・・。」

彼の広い背に手を伸ばす。すると一層強く、けれど優しくまた抱きしめられた。

「万理―――・・・。望み・・・。俺自身の、望みは・・・・・・。そうか。」
「幸村・・・?」

「万理、もう迷わぬ。某には一つだけ、願いがあるのでござる・・・。・・・それは・・・、」



 「姫様―――!!」
 「――姫様―――!!」

「みんなが捜してる・・・。」


「万理。願いはただひとつ・・・・・・。
武田に―――共に帰っていただけますか。」

「幸村・・・。・・・うん・・・・・・うん、幸村と、帰りたい・・・!」


私達は、小屋を飛び出した。
「姫様!姫様じゃ!!」
「姫様、ご無事で――・・・って、幸村殿!?」

「みんな、ごめんなさい!」

幸村の馬に乗り、二人は雨上がりの空の下を駆け抜ける。



武田に戻った私と幸村は、父上の前に並んで座った。
館の中は暫くの間、沈黙が保たれていた。

「何故勝手に戻ってきた。」

「父上、私はやっぱり―――」
「某が!」

「幸村よ、今一度問う。お前の望みは何じゃ。」

「某は――姫様をお慕い申しております。」
「ほう。」

「許されぬ事と知りながら、けれど簡単に諦めがつく程某は出来た漢ではございませぬ。誰の元にも行ってほしくはありませぬ。某は―――万理を愛しております。」

「本気で言うておるか幸村!」

「本気でございます。」


「・・・よう言った。」
主君は二人の前に歩み寄り、腰を下ろした。

「幸村、望みを・・・・・・その願いを叶えるが良い。」
「お・・・館様・・・、」
「父上・・・!」

父上は幸村と私、ふたりの手を取り重ね合わせた。





それから暫くして。

甲斐の地を覆う青空の下、白装束の姫と若武者が共に寄り添っていた。


「――父上に言ったあの時の言葉、もう一度聞かせて?」
「そ、そのように何度も言えませぬ・・・っ。」

「私は、何度でも言うよ。」

私は、ずっとあなたの元にいる。

「・・・愛しています、幸村。」
「万理・・・・・・・・・某も、ずっと・・・・・・」



言葉の続きを、唇にのせて。






<終>



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あきゅろす。
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