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夢小説の館
一 名前で呼んで


「――幸村。」

呼べば必ず来てくれた。
どこに居たって見つけてくれた。

ねえ
いつから名前で呼ばなくなった?





「姫様ー姫様どこでございますかー?」

「いかがなされた女中殿。」
「真田様・・・また姫様がどこにもおられないのです。さすがに“五回目”ともなると・・・あの姫様でもたいそう傷ついておられるのではないかと思いまして・・・。」
「・・・承知致した。某にお任せくだされ。」


あなたに捜してほしくて。
寂しくなると、今でもここへ来る。

馬を走らせ数里、 
この山の上からは、私の住む地が一望できる。ここから見ると、父上の館なんてちっぽけで。でも、私はここが好き。



―――ずっとここにいられればいいのに



これが私の望み。

ほら、もうすぐ彼が来る。


「幸村。」

「――姫様、捜しましたぞ!」
「嘘。幸村は私がどこにいたってすぐ見つけるじゃない。」
「こっこれでも某は必死で・・・。皆も捜しておられました。」

「・・・みんなに言っておいて。別に私、落ち込んでないから。」
「し、しかし・・・。」
「何?幸村も私が惨めだとか思ってるの?」

「いやー。中々ご立派なんじゃないかと。」

木の陰から別の声がした。
「佐助。」

「また縁談断られたんだって?これで五回目・・・だっけ。今度はどこの家よ?」
「佐助!姫様に失礼であろう!」

「いいよ、幸村。こんなところで土だらけになって遊んでいるような姫だもの。相手もいくら武田と同盟を結びたいって思っても断りたくなるよ。」
「確かに、まーた着物をそんなに汚して・・・。そんなだから・・・、」
「武田の姫は邪邪馬で、誰も手に負えないって噂が立つって?
いいもん。誰ももらってくれなかったら、幸村のお嫁さんになるもの。」

「なっななな何を申されますか姫!!」
「幸村も私じゃ嫌なの・・・?」
「そういう意味ではございませぬ!あ、いえ、姫様・・・その・・・、」

「・・・姫様って呼んじゃ、嫌だよ・・・。」



幸村と初めて出逢ったのは、彼が武田の館にやって来た日のこと。


その日、私は父上が戦を終え無事に戻られる事を祈って待っていた。
間もなく帰還の知らせが入り、嬉しくて駆け寄った父上の傍らには、同い年位の男の子がいた。

「父上っ!」
「おお、万理!息災であったようじゃな。幸村、ワシの娘の万理じゃ。」
幸村、と呼ばれたその少年はきりっと私を見て一礼した。
「お初にお目にかかります。真田源二郎幸村と申します。」
「今日からワシが預かる事にした。仲良うしてやってくれ。」


私は初めて年の近い者が現れたのが嬉しくてしかたがなかった。
彼と親しくなれればいいな・・・。

「ねえ。」

先程の彼を追いかけた。

「・・・姫様。」
「真田って事は、昌幸殿の息子さんなの?」

真田昌幸殿は父上の側近であり、私も小さい頃からよく世話になっていた。
「・・・・・・はい・・・。」
「そういえばまだ昌幸殿にお会いしていなかった。お父上は今どちらにいるの?」
「・・・・・・おらぬ・・・・・・。」
「え?」
「父上は、もうおらぬ・・・・・・!」

「え・・・・・・。」
言葉の意味を、理解した。

・・・・・・・・・昌幸さん・・・が・・・・・・。

「・・・ご、ごめんなさい・・・そんな・・・。」
「姫様が謝られる事はありませぬ!」

気まずくなって、暫く彼の方を見れなかった。

このままじゃ、このままじゃ・・・・・・。

「・・・あのね、幸村。」
「は、はい。」
「私、幸村と仲良くなりたいの。」

彼は面食らっていた。

「だから、今日からは私を家族だと思ってね。父上も、きっとお喜びになるから。」
「姫様・・・・・・ありがたき幸せにございます!」
「・・・あのね、」

思い切って、願いをぶつけてみる。
「姫様じゃなくて、“万理”って呼んで!」
「し、しかし・・・。あなた様はお館様の御息女で在られるお方、名前でお呼びするなどその様な無礼・・・、」
「誰もいない時でいいの!二人だけになったらでいいの!」
彼は少し悩んだ末、小さく言葉にしてくれた。

「・・・・・・・・・万理・・・様・・・。」
「“様”いらない。」

「・・・・・・・・・・・・万理・・・・・・。」

「・・・・・・・・・っ」
そのとたん、お互いが照れて赤くなってしまった。

「も、申し訳ございませぬぅ!!某は何たる無礼をぉ・・・・・・!!」
「あ、謝らないでってばー!」


幸村と親しくなりたい。
もっと仲良くなりたい。


その日も、侍女が私を捜していた。
「姫様ー姫様どこにおられるのですかーっ。・・・まったく、とんだお転婆姫にお育ちになられて・・・」

「いかがなされた?」

「真田様・・・。また姫様が館を抜け出したようでして・・・。」
「某が辺りを捜索致そう。」



「万理。ここにおられましたか。」
「幸村っ!」

景色を一望できるこのお気に入りの場所は、私しか知らないはずだった。

「万理は次第にお隠れになるのが上手になられますな。しかし、かくれんぼの範囲が屋敷外にまで及ぶと侍女の方に心配されますぞ。」
「でも、幸村はすぐ見つけちゃうじゃない。」
「某、万理がどこにいても必ず見つけ出して見せますぞ!」
「本当に?じゃあ私も負けないよ!」



ある時、佐助が語ってくれた。
「姫様と接するようになってから、旦那は明るくなった。」

「本当?」
「ほんとほんと。」

私もね、幸村と出逢ってから変わったんだよ。



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