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夢小説の館
一 “あにき”にあえた


一つ ―――――ただあなたを守るために




その夜は、酷い嵐だった。
「野郎共ー!!陸に着くまでくたばんじゃねえぞー!!」
「うおーっ!」

海を進む俺―――長曾我部元親の船は右に左に大きく揺れ、“野郎共”と呼んでいる仲間達も自身の身体を支えるのに精一杯だった。
打ちつける雨に、体力はどんどん消耗してきている。
「このままじゃ・・・やべえ・・・。」

その時、仲間の内の一人が海へ落ちた。

「くっそ!」

俺は救命具を持って海へと飛び込んだ。
「アニキ!!」

仲間の命、誰一人失うものか・・・!


荒れ狂う海の中、必死の思いで仲間の腕を捕まえる。
他の仲間が、上から縄を垂らす。だがこの時の俺には、人一人を抱えて縄を掴む程の力は残されていなかった。

落ちた仲間を縄に括り付け、残りの力で叫んだ。
「こいつだけでも、先に引き上げてくれ・・・!!」

「アニキ、何言って・・・!」
「あ、アニキ―――!!!!」

俺は次の瞬間、暗い海にのまれた。

かすかに覚えているのは、波の衝撃で外れた眼帯が海の底へと消えてゆく光景。
もう片方の目を閉じれば、俺を襲うこの冷たい感覚から何かが、――誰かが包み込んで守っていてくれた、そんな夢を見た。

この救われた感覚―――この、一気に楽になってゆく感覚
これがいわゆる“死”とゆうやつなのか?




「・・・にき・・・・・・あにき・・・」

ああ
野郎共が呼んでやがる・・・。

てえ事は、俺はまだ生きてるのか・・・?
風が、暖かい。あの嵐はいつの間に過ぎ去ったのだろうか・・・。

「あにきー、あにきー。」

・・・やけに軽い声だな・・・・・・?

重い瞼をゆっくりと開けてみると、夜だというのに視界に光が差し込んでくる。
否。厳密に言えば、それは月明かりに照らされた、目の前のその人物の色素の薄い髪のようだ。

「・・・女・・・・・・?」

が、俺の顔を覗き込んでいる。

「あにき・・・!」

誰だ・・・?何故見ず知らずの女が、俺の事を・・・?

「・・・よかった。」

「あ・・・ええと、・・・・・・何だ!?」

何かが先程からぱたぱたと動いている。
・・・本来彼女の足があるであろうその場所から。

それは

「ひ、れ・・・・・・?」

そう、“ひれ”だ。魚の尾ひれがせわしなく動いていた。
それはまさしく彼女自身のものである。

「に・・・・・・!?」


「アーニキ―――――!!!!無事だったんすね―――――!!!!」
丁度よく駆け寄ってきた野郎共全員の表情も固まった。


「人、魚・・・・・・・・・?」


「あ、アニキ・・・こっこここここれは、ににに人魚って奴じゃ・・・っ!!」
「ば、馬鹿野郎!人魚なんてもんが存在してたまるかっ!!」
「だけど、アニキ、どう見たってこいつは・・・。」

女が身体を起こした。と、人間の女のものとしか思えない美しい上半身があらわになった。

「おおおー。」
野郎共がどよめく。

「あー・・・非常に目の抱擁にはなるんだが、ここには野郎しかいねえからちょいと刺激が強いな・・・。」
俺は湿りきった上着を女に掛けてやった。

人間の上半身に魚の下半身・・・。
・・・嘘だろ?

「あんたが助けてくれたのか・・・・・・?」
目の前の彼女がもし“本物”であったなら、俺が知らぬ間に助かっていた事も、彼女がこんな夜遅くの浜にいる理由も説明がつく・・・気がする。

女は、ずっとこちらを見ていた。

「そう、なんだな?・・・とりあえず助かったぜ。あんた・・・名は?」
「な・・・?」
「名前だ名前。」
「なまえ・・・。」

何だ、自分の名もわかんねえのか?それとも、あんたンとこには名前という概念が無えとか・・・。

「あにきー!」

「あ?」
「あにきー、は、なまえ?」

「“アニキ”は名前じゃねえ。俺の名は“元親”だ。」
「もーとー・・・」
「も・と・ち・か!」
「もとちか!」

「そうだ。」
俺が褒めると女はへらへらと笑った。

「アニキ・・・オレ、聞いた事がありますぜ。人魚っていやあ、その肉を食えば不老不死になるって・・・。」
仲間の一人が耳打ちしてきた。
「んなのあるわきゃ無えだろ。それに本当だとしても命の恩人を食っちまう訳にはいかねえだろ?」

俺は女の方に向き直った。
「助けてもらった礼だ。ここの野郎共に食われちまう前に、あんたを無事に海へ逃がしてやるよ。」
俺は女を担いで海へ運ぼうとした。

「やーっ。」
「おわっ暴れんなって!」

女は何故か尾ひれを振り抵抗した。


きゅう


「・・・?」

女は俺の首の後ろに腕をまわし、俺からしがみ付いて離れない。

「アニキ、懐かれましたね。」
「さすがアニキ!人魚にも惚れられちまうなんて!」

「呑気な事言ってる場合じゃねえ!おい離せ魚!」

しかし抱きつかれた感触もぬくもりも、人間のそれと何ら変わりない。


・・・ま、悪い気はしねえのもまた事実で。


こんな珍しい体験、滅多に出来るもんじゃねえしな。
折角だから聞いてみたい事もたくさんある。


少しの間だけなら―――・・・



最初は、ただそれだけの気持ちだった。



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あきゅろす。
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