小説X 紅い悪魔とハロウィン(ファンタジーパロ) ※現代パロファンタジー ※悪魔アザゼルとミュータントじゃない子エリック オーブンの甲高い音と共に、アザゼルはテーブルから立ち上がった。 読んでいた雑誌をマガジンラックに仕舞うと、オーブンを開けて、綺麗に焼き上がったパンプキンパイを取り出す。 「うむ。我ながらいい出来だ。」 満足そうににんまり笑うと、焼きたてのパイを切り分けた。 沢山切り分けたパイをリボンのついた透明な小袋に詰め終わると、アザゼルは家を出た。 アザゼルの家の前には飴でできた樹が幾つも立ち、そこには様々なお菓子が入った小袋が下がっていた。 悪魔のアザゼルは、これから先程のパンプキンパイをこの樹に飾り付けるのだ。 「トリックオアトリート!お菓子を頂戴!」 子供たちの可愛らしい掛け声が響く街中で、吸血鬼の仮装をした少年が憂鬱そうな表情を浮かべていた。 彼の籠には沢山のお菓子が詰まっていたが、彼のお目当ての品が無いのだ。 「チャールズ?」 いきなり後ろから聞こえた声に、チャールズはびくりと肩を震わせた。 後ろを振り向くと、そこには悪魔の羽と尻尾を着けた少年がいた。 「エリック、脅かさないでよ!」 「そのつもりは無かったけどな。で、何でお前はそんなに落ち込んでいるんだ?」 訪ねられたチャールズは再び肩を落としながら応える。 「うん。街の家全部を回ってもパンプキンパイが手に入らなくて…。」 ハロウィンって言ったらかぼちゃだから、と小さな声で呟くチャールズに、エリックは呆れた表情を浮かべていた。 「そんな理由で落ち込むなよ…。」 「僕もここまで残念な気持ちになるとは思わなかったよ。」 口を尖らせながら籠の中を眺めるチャールズを見て、エリックはさすがに哀れに思い、自分の籠を眺める。 残念ながら、彼のお目当の品はない。 しかし、チャールズのこの落ち込みようをなんとかしたいものだ。 「チャールズ、俺ちょっと街の外れに行くよ。」 「街の外れ?そう言えばまだあそこには行ってないかも…」 しかし、チャールズはレイヴンと待ち合わせをしているのですぐに広場の方に行かなければならないので、エリックと一緒には行けない。 なので、エリックは彼と別れて行動しなければならなかった。 (向こうに行けばきっとパイをくれる家があるかもしれない。貰ったらチャールズにあげよう。) そう考えていると、足が自然と速まる。 しかし、立ち止まって周りを見てみると、家は一つも見当たらない。しかも、後ろを振り向けば自分達の街は見えず、見知らぬ家が一軒建っていた。赤煉瓦の家の前には葉っぱの無い沢山の木が生えていた。 「うげ…不気味。」 顔を曇らせながらもエリックは取り合えずお菓子をねだりに行こうとその家に向かった。 しかし、家の前に来ると驚くことが分かった。 何と家の前に立つ木々は全て飴で出来ており、木には様々なお菓子が入った小さな袋がぶら下がっていた。 「な、なんだこれ!」 「何って…お菓子の木だが。」 足音と共に聞こえてきた声の方を見ると、飴でできた木々の隙間から男が姿を現した。 その顔は肌が真っ赤で、背中には蝙蝠のような羽が生えていた。更に、腰の辺りからは同じ色の尻尾が揺れている。 男の異様な容姿に、流石のエリックも息を呑んだ。 しかし、今日この日を考えてみれば、この様な人間がいてもおかしくないはずだ。 「す、すごい仮装ですね!俺、びびっちゃいました!」 すぐに笑顔を作ってそう話すと、男は首を傾げた。 「仮装?ああ、今日はハロウィンだからか…。」 「え?」 明らかにおかしい口調の男に、エリックの表情は固まる。ハロウィンに仮装するのは子供だけではないし、それは誰だってよく知っている筈だ。しかし、男はいまいちそれを良く分かっていないようである上に、まるで自分の容姿は仮装ではないとでも言いたげである。 脳内が混乱してきたエリックをよそに、それまで思案顔だった男はようやく合点がいったのかぽん、と手を叩く。 「お前、ひょっとして人間か?」 明らかに、自分は人ではないと言いたげなこの一言で、エリックは自分が今置かれている状況を理解した。 「…ほ、本物の悪魔だぁぁっ!食われるぅ!」 叫びながら引き返そうとすると、背中に着けた布と針金の羽を掴まれた。 「待て!俺は人は食わない。それにお前、誰かにお菓子をあげたいんだろう?」 紅い悪魔の一言に、エリックは暴れるのをやめて、ゆっくり彼の方を見る。 紅い顔に浮かんでいる表情は嘘をついているものではない。 「何で、知っているんですか?」 「ここに来る事ができる人間は、ハロウィンの日に誰かの為にお菓子を貰おうと奔走している奴だけだからな。」 稀にしか来ないけど。と紅い悪魔は嬉々とした表情でエリックの手を取る。 「そしてこの俺アザゼルはその人物にお菓子をやるんだ。さ、お前があげたいお菓子は何だ?」 アザゼルと名乗る悪魔は空いている方の手で飴の木を指した。どうやら木に下がっている袋の中にお菓子が入っているらしい。 最初は何とも奇妙な感じがしたが、アザゼルの様子を見ているとどうでも良くなってきた。とにかくチャールズにあげるパイが欲しい。 「パンプキンパイがほしい。」 「パンプキンパイか。ちょうどいい。さっきできて飾ったばかりなんだ!」 アザゼルはエリックの手を取ったまま庭の中へと誘う。 飴でできた木の内の一本にはパンプキンパイが入っている透明な小袋が下がっていた。 「パンプキンパイはここだ。籠を出してくれ。」 「は、はい!」 エリックが前に出した籠の中に一つの袋を入れたあと、アザゼルは彼の頭を撫でた。 いきなりの事にエリックは驚く。 「あの、アザゼル…さん?」 「すまん。久し振りの人間だったからな。人の為を思い、ここ来ることができたお前は本当にいい子だ。」 誉めちぎるアザゼルに、エリックの頬は紅く染まった。 「あ、あの、パイとかありがとうございます!」 「お礼はいいって。ほら、手を繋いで。相手はどこだ?」 アザゼルの言葉に目を瞬きさせながらも、エリックはその手を取った。 「ええと…XX街の広場です。」 「分かった。いいか、俺から手を離すなよ。」 エリックの手が強く握られると、紅い悪魔も飴の木も赤色の煙となって消えて、彼の目の前には仮装した子供たちが集まる広場が広がっていた。 「ここは…街の広場?」 突然変わった周囲の光景に、先程自分が見たものは夢ではないのかと思い、視線を籠に移すと、エリックは目を円くした。 沢山のお菓子に混ざって、あのパンプキンパイが入っている小さな袋が入っていたのだ。 (夢じゃなかったのか!) エリックは少し口許を緩めると、チャールズの姿を見つけ、駆け寄りながら大声で呼んだ。 きっと自分はこの不思議な出来事を忘れないだろう。そう思いながら。 ハロウィンの日に起こった不思議なお話。 アザゼルさんを出したかったんです。 [*前へ][次へ#] |