〆ショートストーリー/~3000字 『とっても気になる彼女の瞳は』 窓から見える反対側の教室。 そこに見える窓際の彼女は、とっても前髪が長くて、目が良い僕でも彼女の瞳は覗えない。 だから、気になった。 最初はそんなきっかけに過ぎなかったんだ。 + + + ある日、僕は昼休みを利用して、彼女が居るはずの教室の前を通った。 そう、通っただけ。 中を覗き込むことも、一歩踏み込むことも、ましてや呼び出すこともできない。 僕は臆病なんだな、とは思うけど、今は横目でちらっと見るだけ。 そこに見えたのは、お昼なのに誰とも話さず一人きりの彼女だった。 次の日も、その次の日も、いつも彼女は一人だった。 僕は彼女が気になり、日を追うごとにその教室の前で立ち止まる時間が延びていった。 + + + 「……君って最近ずっと、教室に来てたね。私を見てた」 その結果が、これだった。 校門の前に立つ髪の長い少女、前髪が鼻にまでかかって、瞳は見えない。 だから想像するしかなくて、迷惑に怒っているんじゃないか、なんて僕は思った。 「……ごめんなさい」 何でか謝る。 彼女は僕の手を取ると、不意に校舎に向かって歩き出した。 「私も、実は見てたんだよ。気付かなかっただろうけど」 歩きながら振り返って、彼女は笑った。 見たい瞳は見えないけれど、そんな彼女の口許が、すごく魅力的だった。 + + + 連れていかれたのは、音楽室だった。 そこで彼女はピアノに向かって、僕の知らない曲を演奏し始める。 静かだけど、印象的な、クラシックだ。 ゆっくり流れる時間の後、彼女はピアノから離れると、再び笑う。 「実は、前から気になってたんだ。窓の向こう側で、私を見ている君のこと」 長く量のある前髪が、開いた窓からの風に揺れる。 「ごめんね、ピアノを弾いて落ち着かないと、素直になれないから、私」 彼女は、風に揺れる前髪を手でゆっくりと払う。 見たかった瞳は、とても穏やかで、とても澄み切っていて。 彼女は言った。 「あのね? 私、前から君のことが──」 おわり。 ================================ この話も三題噺なのですが、制限時間がありました。 15分。 お題は「愛」「音楽」「瞳」です。 [*前へ][次へ#] [戻る] |