〆ショートストーリー/~3000字
『山間部の大演奏会』
「ここに心地よい音楽があると聞いて、やってきたんだが?」
ツーリングバイカーの集う、山間部にある小さなレストラン。
そこに一人の女がやってきた。
彼女は男勝りな口調でそう言うと、店内を大きく見回す。
「……だが、それらしい楽器は何もないようだな」
確かに、店内のどこを見ても、楽器らしいものは何もない。
バイク好きの集まる店なら、時折置かれるギターやロック系の装飾類さえない。
質素だが、木製のアットホームで暖かな雰囲気が自慢だろう、レストラン。
しかし、彼女を満たすものは見つからないようだった。
+ + +
俺は内心で笑っていた。
そう、大抵の人間が、その噂を聞いてこのレストランにやってくる。
俺も最初は彼女とほとんど同じ反応を示したものだ。
あの時は、誰に真実を伝えられたんだったかな。もう遠い過去で思い出せもしない。
だから、彼女には俺がひとつ、アドバイスをしてやろうと思うのだ。
過去に誰かに言われたことを、彼女に告げる。
「ここにある音楽を求めてきたんだろう。君はすでに答えを見つけているはずだ」
「……どういうことか、わからない」
笑みさえ浮かべる俺の言葉に、彼女は不審げな視線を向けてくる。
そりゃそうだ、いきなり変な男にそんなことを言われたんだから。
「君の心にもしも、愛があるのなら、わかるはずさ」
これ以上は、言葉が過ぎるだろう。
周りのバイカーたちの視線を受けて、何かを言いたそうな彼女は黙り込む。
+ + +
レストランのロッジ側から眺める景色は、吹き抜ける風と相まって得もいえぬ幸福感がある。
あるいはバイカーとは、ツーリングとはこういう旅を指すのだろう。
「──なぁ、お前。ヒントをくれないか」
背後からかかった声に、俺はゆっくり振り向いた。
「ヒントか。そうだな、形にはこだわらないこと……だな」
「形にこだわらない」
「そうだ。それに、よく耳を傾けることだ。ツーリングは相棒と共にいく一人旅だろ?」
「ああ、だな」
「だったら、ひねくれずに素直にいこうじゃないか」
そう言うと俺は煙草に火をつけて、ゆっくりと肺の奥深くに染み込ませていく。
綺麗な空気と、上手い煙草。
後はそう、音楽があれば完璧だろう。何より愛すべき、俺たちの音楽だ。
きっと彼女はもう気付く。
ヒントを与えすぎたかなとは思ったが、彼女を交えた音楽が、俺は楽しみだった。
+ + +
「なぁ、おい」
夜も近づき、冷え込む中で熱いコーヒーを喉に馴染ませていると、声がかかった。
あの女だ。
その瞳を見て、瞳の奥に宿った何かを見て、俺は何を言われるでもなく理解した。
こいつはもう理解したのだと──だとしたら会話を交わす必要など、もうなかった。
コーヒーはそのままに、俺は外に出た。
もうすでに仲間たちはそれぞれの愛車に乗り込んでいて、俺はにやりと笑う。
そして、俺もまた自分の相棒にまたがった。
長年の連れ、改造を重ねた俺だけの愛車だ。
エンジンをかける。
彼女もまた自分の愛車に跨ると、エンジンを吹かした。
低く、鼓動を乱すほどの爆音が響きだす。周りの仲間もまた、その音に音を重ねていく。
そう、俺たちの愛すべき音楽は、これだ。
──山間のレストラン、そこで愛すべきバイカー達の大演奏会が、始まった。
おわり。
------------------------------------------
15分制限の三題噺です。
お題は「愛」「音楽」「瞳」でした。
二回目です。
[*前へ]
[戻る]
無料HPエムペ!