〆ショートストーリー/~3000字
『俺と彼女の奇妙な関係』
待ち遠しかった昼休みを告げる予鈴が、やっと鳴った。
その鐘を聞きながら、礼をする時間も惜しいとばかりに俺は一人、教室を飛び出した。
たぶん、俺を待っているはずの彼女のもとへ、急ぐために。
+++
最初はなんてことのない、偶然の出逢いだった。
ただ俺は面倒だった授業をサボり、屋上で居眠りをしていて──そしたら、彼女と出会った。
いきなり、彼女は寝ている俺に顔をすり寄せてきて、驚いて飛び上がった俺に対して、可愛く無邪気な顔を「ん?」とでも言いたげに向けてきた。
はっきり言おう。もう、一目惚れだった。
「──よっ! 俺と一緒に昼寝、しない?」
だから、声をかけてみた。もしかしたら逃げられるかもしれない。
そう思いながらも、そっと手を差し出すと、思っていたようなことはなく、ずっと自然に彼女は俺の傍へ近づいてきた。
それが、俺と彼女との、初めての出逢いだったんだ。
+++
「お、今日もいるな」
最初のころは、不定期にこの屋上を覗きに来ては、彼女がいるかどうかを確かめていたが……どうやら、向こうがこっちの都合に合わせてくれるらしかった。
だから、最近では(いろんな教師にも目をつけられてるし)授業をサボることなく、こうやって昼休みのたびに彼女とのごろ寝を楽しんでいる。
──なんとも、不思議な関係だった。
付き合っている──とは言えない気がする。別に好きだと言ったわけでもないし、言われるはずもない。
でも、こうして毎日一緒にのんびりできているし、ということは自分に少しでも好意を持ってくれてるのかな? とも思う。
なら、あるいは「付き合っている」と言うこともできるかもしれない。
……むう。小難しい話は俺には合わないな。
ただ、今はこの子と一緒に居られればそれで、問題ないんだから。
+++
その日は雨が降っていた。
朝から土砂降りで、だから俺は授業中にも関わらず、ずっと彼女の心配をしていた。
おかげで先生に当てられてもガン無視。
めちゃくちゃ怒られたが、そんなことはどうでもよかった。
一限目が終わり、二限目、三限目、四限目。
我を忘れてしまうほどに待ち遠しかった昼休みがやっと、やってきた。
前もって玄関口には置かず、教室に持ち込んでいた傘を掴むと、俺は急ぎ足で屋上へ向かう。
後ろからかかった友達の声も気にしてる余裕はない。屋上の扉を開き、辺りを見回した。
「……やっぱ、居ないか」
さすがに酷い雨の中、吹きさらしの屋上にわざわざ来るはず、ないよな。
ちょっと拍子抜けしたり、悲しかったり。
でも、彼女が先に来て雨に濡れたりしていなくて、それ以上に俺はほっとしていた。
だが──その日以来、彼女が屋上に姿を見せることはなくなった。
+++
一日、二日、三日。
彼女は気まぐれではあったが、ちゃんと時間を守ってくれる律儀な子だったのに。
そんな彼女が来なくなってから、そろそろ一週間が経とうとした……ある日のこと。
毎日、それこそ日課のように通いつめていた屋上に、ようやく彼女が姿を見せてくれた。
「なんだ、来てたのか。俺のことなんて忘れたのかと思ってたよ」
ぽつり、と彼女に聞こえないようため息を漏らしながら、俺は久々に彼女の横に腰掛ける。
「もう一週間も来てなかったんだよな。さすがに俺も心配したよ」
彼女はいつものようにすり寄ってくるだけ。一週間前と何も変わらない。
少しだけ変わったのは、俺の気持ちだけ。
「なぁ、俺さ。思ったんだけど」
真剣な顔で言ったのが効いたんだろうか? 彼女がこっちを見て、不思議そうな顔をする。
「……一緒に暮らさないか? 俺が、面倒見るから」
ちょっと勇気がいった。これで無視されたりすると、どうしようもなくへこんでしまう。
それこそ致命傷……。沈黙は、長かった。
いつも二人でまったりしているときは、あんなに早く時間の流れを感じてしまうのに、今は一瞬一瞬が途方もなく長く感じられて。
「どう、かな?」
なかなか彼女は口を開いてくれない。
やっぱり、駄目なんだろうか。俺なんかじゃ、私とは釣り合わないわ! とか思われているのだろうか。
と、遂に彼女が口を開いてくれた。その答えは──
「……にゃぁ〜」
うん。これはきっと「いいよ」って言う意味なんだろう。
内心ドキドキだった俺は、勝手にそう解釈すると、彼女をそっと抱き上げた。
「もし嫌だったら、逃げてもかまわないからな」
そう彼女に言って、俺は屋上から校内へと続いている扉を開いた。
「にゃぁ〜?」
「こら鳴くな。先生に見つかったら俺がしかられる」
──昼下がりの屋上に、猫と少年の声だけが、そっと響いていた。
おわり。
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