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鋼鉄の天使*小読み物
鋼鉄の天使
虹を見たことの無い女。ステージライトの舞台に降りるなないろが虹色なのだと教わった。
女がその両腕を広げると人はまるで天の御羽だと言った。噂が人を、人が噂を呼んだ。
女は踊る。観客の羨望にも似た幸悦の表情はいつしか自分に許された餌なのだと思った。一生懸命。むさぼった。残したことは無かった。
女はとうとう一番奥の,最早眼差しすら届かない奥の席まで埋めてしまった。その頃には女はとうに名のある舞台女優になっていた。どうでも良かった。女は腹が減っていた。
女はどんな花束よりなないろの包装がされたおよそ場違いのプレゼントが好きだった。また開演中に,正面の扉,両開きのその両方とも遠慮なく開いて踏み入る無礼者に,期待した。あの扉の向こうには,吹き抜けのエントランスがあって,そこになないろの虹があるのだろう?
毎日思い描いた。時間があれば,包装紙を出してきて,自在に折り曲げては形を宙に浮かべた。女は形を知らなかった。いつも決まって花束を包んでいる包装のような円錐の形に落ち着いた。花束もなないろで包んでくれれば丁度都合が良いのに。
それはスポットライトだった。
もしそれが見れたら,私は生命を繋いでくれる餌の為に羽を広げなくても,私は果てしなく天に延びる極上の餌を毎日,さしあたり手の届くところに無くなればその為に,羽を広げれば良い。
天まで飛んで行けば良い。
そこは私の常識などではきっと考え付かない程、無限で全能ななないろの,床や空気やリズムが,無尽蔵に湧いている。
餌は次第に全身を天使とするべく必要不可欠,最低限で最善のバランス食になっていった。
演技は鋭さを増していった。女には,不必要な人間の部分が削ぎ落とされ,
女は,天使になった。
そして。
どんなに偶然が重なろうと,女に虹を見ることは絶対に出来なかった。
暗い空の前にしか虹は無いと思っていたから,夜の公演しかしなかった。
いつまでもライトが落ち,帳が降りる事は無かった。
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