予感(サカイ)
【予感】
ジリジリと日は照り、水っ気の全く無いアスファルトの上に容赦なく熱を蓄積させる。
一匹のアゲハ蝶がジタバタと熱せられたアスファルトの上で踊り狂う。その様は何処か死と隣接した美しさを覚えさせる様だ。
ただ、カイジは黙ってその様子を見据える。手を伸ばして、助けてやれば宙に舞ってその美しい色彩と空の色とを溶け合わせるかもしれない…
でも、何故か手が届かない
すぐ目の前にある存在を救ってやることが出来ない
(なんで…?どうして)
悔しい筈なのに自分の体でないみたいに涙も出ない。声も出ない。目も反らすことも許されない…
(クソッ…クソッ!)
美しい色彩を讃えた羽…熱に悶え、焦げ、ボロボロになりながら最後の舞いを終了した…
「うわ…ッ!」
勢いよくカイジは眠りから覚めた。部屋の窓から差し込む初夏の日差しを、空を行く雲が遮る。じっとりとした嫌な汗で、前髪が肌に張り付いている。
(!佐、原…)
隣で眠る佐原の口元に震える手をかざして、息を、生を確認する。
(生きてる…)
当たり前の事を思い、ホッと胸を撫で下ろした瞬間、自分が泣いていることに気付いた。
「嫌な夢…見たな」
まるで何かを予期しているような悪趣味な夢…
フルフルと顔を横に振るって夢の残像を消そうとするが、スクリーンに焼き付いた映画の様に再生を繰り返す。
「…」
目の前で死んだ様に眠る佐原に目を移す…
死んだ様に?
再度、不安と焦りが襲ってきた。今度は、佐原の胸へゆっくり耳をくっつけて心音を確かめる。
(動いて…)
「カイジさん…誘ってんの?」
「わっ」
ばふっと頭の上に佐原の手が置かれたと思うと、そのまま抱きすくめられてゴロンと横に体が転がった。
「暑い!離せって…ッ」
「誘ったのカイジさんじゃん」
「あほ!!誘ってねえ」
抜け出そうとすると、更にぎゅっと強く抱きしめられた。
「嫌な夢みたからさ…ちょっとこのままでいさせて…」
佐原の言葉に、ざわざわと嫌な胸騒ぎが起る。
「…どんなユメ…?」
「バカ店長が三人になってるユメ」
「……こわ…」
確にすげえ嫌だけど…と思いつつ自分の慌てようがバカらしくなった。
途端、溢れる安堵の涙…
「さはら」
「何?」
「死ぬな…」
本当は、“何言ってんの”とか言って笑い飛ばして欲しかったけど、返ってきたのはまるで、別れを惜しむ様なキス。
堪らなくなって佐原を突き飛ばすと、ホロホロ溢れる涙を拭いながら風呂場へ向かった。
(なんであんなキスするんだよ…)
自分の予感が当たっているかの様な佐原の反応にチクチクと胸が痛む。
それは、“死の予感”
根拠の無い不安を洗い流す様にシャワーを浴びた。
拍子、ガラッと風呂の戸が開く音…
「カイジさん」
服を着たままの佐原がズカズカと上がり込んできた。
「!?ななな…入ってくんな!!出てけって!濡れるから…ッ」
「何が濡れるの?」
ニイッと笑った顔からイヤラシイ意味が連想され、顔が赤くなるのが分かった。
「…〜とにかく出ろ!!」
「イヤダ」
「わッ…!ちょっ佐…」
『おわわわわ!!』
腕を捕まれた拍子に脚を滑らせて二人同時に空っぽのバスタブに倒れこんだ。
「痛ッ…大丈夫!?カイジさん」
「イテエよ…バカ佐原」
「ぇえ?オレのせい?!」
「ったり前だ…バカ」
「またバカって言った」
「何回だって言ってやらあ!バカバカバカバカアホ……」
「ぷっ」
「はは…」
くだらなさに笑いが込み上げてきた。
そのままお互い黙っていると、シャワーの温い湯がザーっと音をたててバスタブに溜ってきた。
「カイジさんの指…ふやけてきてる」
「あ…」
結構長い時間湯につかっていたのか、指がシワだらけになっている。
「こんな風にさ…」
「うん?」
「しわしわに年とっても…カイジさんとずっと一緒に居るから」
「…うん」
“死なないから”きっと佐原も感じているんだろう予感。また鼻の奥がツンとして、涙が出てきそうだったが我慢した。
ここで泣いたら本当になってしまいそうな気がしたから…
指を絡めながらただ寄り添う。
「約束」
「んん…」
交わされたキスはさっきとは違って、すごく安心する口付け。
「カイジさんもさ、嫌な夢みたんでしょ?」
「見た…」
「夢の続きなんていくらでもつくれるよ。今度は良い夢見ようよ…」
「…そうだな」
そうだ、今はここに在る存在が絶対の真実。
自由に飛び交うアゲハを目の裏に思い浮かべた。
たとえ行き着く先が地獄でも、きっと未来は変えてみせる…
未来は僕らの手の中
END
よくわからんけ〃
生きてほしいという私的願い´`
[*前へ]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!