たまごなおはなし 月夜のうさぎ ボクはうさぎの人形です。名前はあるような、まだないような、ただの置物かもしれません。そんなボクがこの家に迎えられてから五年が経ちました。今はガレージの柱に縛りつけられてるのですが、それには訳があるんです。 いつだったか、月が綺麗な静かな夜のこと、その静けさに隠れるようにボクをさらった人がいました。とても怖かったのですが、ボクは人形なので声も出なければ、噛みついて逃げることさえ出来ません。しかし、家からさほど離れていない場所で人の気配を感じた途端、昼間は明るい路地の先にある空き地にボクを勢いよく放り投げ、ボクをさらった人は走って逃げてしまったのです。 そこは柵がしてある空き地だから、昼間どんなに明るくても誰もボクに気が付かず、それから七日間、ボクは雨の日も太陽が照りつけても、放り投げられたままの姿で空き地に居るしかなかったのです。ボクは人形ですから。けれどその夜、不思議なことが起こったのです。その七日間目の真夜中のこと、ボクに話しかける誰かがいました。 『こんばんは、うさぎさん。あなたは何故泣いているのですか?』 ボクはいつの間にか自分でも気付かないうちに泣いていたみたいでした。 『誰ですか?ボクに声をかける人は。』 『私は夜の神様で月詠【つくよみ】といいます。あなたの寂しげな泣き声が聞こえてきたので放っておけなくて声をかけた次第です。うさぎさん。涙の訳を聞かせてはくれませんか?』 話しかけてくれている月詠さまの姿は見えないのですが、そんな風に聞かれたもんですから、ボクがここにいる経緯を話して、家に帰りたいと最後に言いました。 『それは可哀想に・・・。では、うさぎさんにひとつ魔法をかけてあげましょう。』 すーっとボクの体が軽くなったかと思うと、まるで本物のうさぎのように体が動かせるのです。 『月詠さま、これは?』 『おほほっ。私は神様ですからね、これくらいの魔法は出来るのですよ。さぁ、あなたのお家に急いでお帰りなさい。』 『ありがとうございます。本当にありがとうございます。』 月詠さまの姿は見えないままですが、ボクは声のする方へお礼をいいました。すると月詠さまは、帰えろうとしたボクにこう言いました。 『ただし、私の魔法は月夜にしか効きません。それから、月が隠れたら元の人形に戻るので、それまでに家に帰らないと、魔法が切れてその場所で人形のまま戻れなくなりますから気を付けてくださいね。一度魔法をかけられた者は二度目の魔法はかかりません。わかりましたか?』 『はい、分かりました。ボクは今からすぐに家に帰ります。』 何度もお礼を言ってから、ピョンピョン跳ねながら家に帰りました。 翌朝、家の子どもが玄関に転がっていたボクを見つけて大騒ぎ。それから、また盗まれないようにとお父さんがガレージの柱にボクをくくりつけたのです。 それから、ボクは月夜になると、誰にも見つからないようにしながら、くくりつけられた場所からワイヤーをスルッと抜け出して散歩しています。月が隠れちゃう朝までの時間を楽しみ、空き地を走って猫さんたちの集会を覗き見したりしています。 もし、水色の服を着たうさぎを夜に見かけたら、話しかけてみてください。だって、魔法のせいなのかな?ボクね、話しもできるようになったんです。だから淋しい夜とか話し相手が欲しいときなんかに、ボクを見つけてお話ししませんか? あっ 月が薄くなってきました。もう朝が来るみたいです。ボクは急いで帰らないと。じゃ、また月夜に出かけますから、ボクを見かけたら・・・・ コメント:久しぶりに短編(笑) メルヘンチックですが、想像しながらお読みくださいませ。 [次へ] [戻る] |