テニスの王子様
祭囃子
今日は、七夕に因んで青春台の神社でも祭が開催されていた。
「ぅわぁ……、すごい人混み!!」
香澄は夜店の始まる鳥居の前で立ち往生していた。
約束の時間までまだ10分程あった。
「何食べようかなぁ…。りんご飴も食べたいし、クレープも食べたいし、アイスも食べたいし綿飴もいいなぁ…。」
香澄は、そわそわと鳥居を挟んで外と中を見やる。
人混みは嫌いだが、食べることは人一倍好きな香澄は、今更ながら祭に来たことを喜んでいた。
人混みを気にすることなく歩ける、ということも祭に来た理由だった。
「越前君早く来ないかなぁ…。」
人混みを気にしなくていいことに気分を良くした香澄は、しばらく着ていなかった浴衣をタンスの奥底から引っ張り出して着ていた。
青地に赤や黄色の金魚が描かれていた。
「ちーす。」
「あ!越前君!」
待ち人が来たことで香澄の顔が綻(ほころ)んだ。
その表情にリョーマがドキッとしたのは言うまでも無く……。
「じゃ、行こうか(邪魔が入らないうちに)。」
「うん!」
そうして歩き出した直後だった。
「やぁ、香澄さん、偶然だね。」
「あ、不二先輩!」
「げ。」
「何か言ったかな?越前。」
「別に、何でも無いッス……。」
“偶然”などでは無いことは香澄以外なら気付くだろう。
気になる子が自分以外の男子、しかも後輩との約束を優先したとあって嫉妬の炎を燻(くすぶ)らせていたのは言うまでもない。
強制的に香澄と越前は不二と祭を回ることになっていた。
「香澄さん、何か欲しいものある?」
先手とばかりに不二は香澄に話しかけた。
「えっと…りんご飴…。」
「それならこっちの出店がいいよ。」
さりげなくエスコートする不二に越前は納得がいかない、というようにぶすくれている。
人一倍ヒトの顔色を伺う、というか観察する香澄にとってはオロオロするばかりだ。
優先すべきは、初めに誘ってくれた越前だが、先輩である不二の提案も無下に出来ない。
香澄は困り果てていた。
「おや、珍しい組み合わせだな。」
今の香澄にとっては天の助けに見えただろう。
声をかけてきたのは乾だった。
ただ、その周りに青学テニス部レギュラーも垣間見えたが。
「はる兄!はる兄も来てたんだね!」
「どうだ?香澄、楽しんでいるか?」
「うん!」
気心の知れた乾が来たことで香澄はほっとしていた。これで不穏な空気は消える、そう思って。
しかし、その空気は弱まるどころか更に勢いを増した。
それもその筈、後から後から顔見知りが合流し、あれよあれよと言う間に最終的にいつもの青学テニス部メンバーで祭を回ることになったのだ。
初めに誘った越前は面白くない。
更に他のメンバーは抜け駆けさせないよう互いに牽制し合い、常にピリピリとしていた。
「ふむ、興味深いな。」
「はる兄…(汗)てゆーか!せっかくのお祭りなのに楽しく無い!!」
香澄の叫び声に一同ビクリとして香澄を見やった。
「秋山(さん)…?」
「香澄(さん)(ちゃん)?」
「んべっ!皆知りません!」
小さな舌を出して香澄は雑踏の中に姿を消した。
一瞬呆然としたレギュラー陣は突然のことに動けず、香澄を見失う。
次の瞬間、全員弾かれたように香澄の後を追った。
しかし、この雑踏。
レギュラー陣の行く手を阻(はば)み、なかなか先へ進めない。
一方、香澄はもみくちゃにされながらも小さな(爆)身体が幸いして先へ先へと進んでいった。
そうして行き着いた先が神社の境内だった。
せっかくの祭なのに、と項垂(うなだ)れた香澄の眼に入ったのは切れた鼻緒。
更には履き慣れない下駄に擦れて赤くなった指の間。
よくよく見ればいくら小柄と言っても多少はすり抜けたところもあり、浴衣も肌蹴ていた。
「(踏んだり蹴ったりだ……。)」
巾着に入れていたハンカチを裂いて鼻緒を直した後、帯を解き、浴衣の併(あわ)せを直す。
さっきまでいた通りは相変わらず賑やかだ。
「はしゃぎ過ぎたかなぁ…?でも、皆で楽しくお祭り、楽しみたかったなぁ……。」
「誰かいるの?」
「きゃっ?!」
誰もいないと思っていた場所には先客がいたようで、香澄は突然掛けられた言葉に驚きを隠せなかった。
「ごめん、驚かせ……あ、ごめん!」
香澄は相手の驚いて謝る声に不思議に思っていたが、自分がまだ併せを直しただけできちんと帯締めをしておらず依然として浴衣が肌蹴ていたことを思い出した。
「きゃっ……っ!!!」
「俺、後ろ向いてるから…!」
「は、はいっ!!」
踞(うずくま)りそうになった自分の身体を立て直し、急いで身支度を整えた。
「す、すみません…!もう大丈夫ですから……。」
「俺の方こそごめん。まさか浴衣を直しているとは思わなくて…。」
「いえ!私が不注意だったんです!誰もいないと思ってて…。そういえば、貴方はこんなところで何をしていたんですか?」
「俺?俺はちょっと人に酔ってね。それに、ここに用もあったし。」
境内に入ってやることなんて高(たか)が知れている。
願掛けか御守り等を買うかくらいだろう。
「君は浴衣を直しに?」
「いえ…浴衣が着崩れていたのはここに来てから気付いて……。」
「じゃあ、何で……?」
香澄は今までの経緯(いきさつ)を話した。
冷静に考えれば、見ず知らずの他人に話すことでは無いのだが、彼には香澄に話しても良いという雰囲気を感じさせていたからつい口をついて出ていたのだ。
「そうか……君は皆に好かれているんだね。」
「へ?いやいやいやいや!そんなこと無いですよ!」
「どうして?」
「だって、私は、マジックとちょっとパソコンに詳しいってだけしか取り柄のない凡人ですよ?好かれる要素が無いんですけど…。」
「きっと、君の何かがその人達を惹き付けるんだろうね。」
「何かって……?」
「それは、会って数分しか経ってない俺には解らないけど…。」
「あ、そうですよね…すみません。」
「いや、謝られることではないんだけどね。」
不思議と柔らかな雰囲気に香澄の気持ちも落ち着いてきた。
「うん、元気出ました!私、皆のところに戻りますね!」
「そう、良かったね。」
「はい!」
「香澄(さん)(ちゃん)(秋山)――――っ!?」
「もしかして、お迎えかな?」
「あは、そうみたいです。あの、話聴いていただいてありがとうございました。」
「いや、気にしなくて良いよ。」
香澄はペコリとお辞儀をしてカラコロと下駄を鳴らしながら声のする方へ駆けていった。
一方、祠(ほこら)の前に佇む青年は香澄が青学レギュラーと合流したのを見届けて目を細めた。
「…秋山香澄さん、か…。さしずめ青学のお姫様かな?何だか面白そうだね。」
青年は妖艶な笑みを浮かべて雑踏の中に消えていった。
「(あっ…!名前訊くの忘れた!!でも美人さんだったから忘れないし、今度会えたら訊いてみよう。)」
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あとがき
もう10月ですね……。
お祭りネタ…完璧に時期を逃しました(x_x;)
香澄さんはちゃんと青学の皆と仲直りしましたよ(o^v^o)
最後に出てきた人は名前出してないですが、一発でわかりますよね〜(笑)
後々また再会させます。
2009*10*14
2012.04.15修正
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