テニスの王子様
遠慮知らずなイケメン集団
昨日は大変だった。
少し桜を手伝っただけだけど…。
身体的疲労より精神的疲労が勝(まさ)った。
もう二度と関わりたくない。
でも桜の手伝いは続けたい。
「香澄、今日はお店?」
「あ、桜、そうなんだ。また水曜日まで働き詰めだよ。」
「そっかぁ…。昨日はありがとね。助かったよ。」
桜にそう言ってもらえるだけでいい。
幸せになる。
「じゃあ桜、私帰るね〜…、っと、忘れるとこだった。はい。」
私は紙袋を二つ桜に手渡した。
「何?」
「ピンクは桜に、赤は丸井先輩にあげて?」
「昨日頼まれたやつ?」
「うん。先輩何が好きかわかんないから色々入れてきた。」
「オケ!渡しておくね。」
私は今度こそ教室を後にした。
「いらっしゃいませ。」
うちのカフェ、「福寿草」は今日もそこそこの客足だ。
常連さんばかりだけどね。
「香澄ちゃん、御代わりちょうだい。」
「は〜い!」
慣れた手つきで緑茶を入れ、テーブルへ運ぶ。
「うんうん。美味しいね。儂も香澄ちゃんみたいな孫が欲しかったなぁ。」
「またまたぁ、弦さんには自慢のお孫さんがいるんでしょ?」
他愛の無い話をしていても皆怒りはしない。皆で楽しく話をするのが集まる目的だから。その“皆”には私も入っている。常連さんには孫として可愛がってもらっている。
「確かに自慢ではあるがな、中学生のうちから少しも遊ぶことをしない。笑った顔も最近見ていないな…。」
「…真面目過ぎるんだ。」
私が笑うことはいくらでも出来るけど、弦さんにとってはその孫の笑顔が大事だからなぁ…。
チリンチリン♪
店の扉が開く音だ。
「いらっしゃいませ!」
笑顔でこの台詞が出るのはもう条件反射だ。
相手が誰であろうとも。
「香澄…?」
「え…?桜?どうして…。」
「うん。来ちゃった。」
正直、バイトしてるところを桜に見られたくなかった。
傍目には仕事をしてない様に映るから。
「おー、ここが秋山の家か〜。」
つい最近聞いた声が桜の背後から聞こえた。
桜を中に押しやる様にして店に入って来たのは。
男子テニス部のレギュラーでした…。
「で、出たぁぁぁ!」
一体何なの?!
何でこの人達が来るの?!
「客人にその態度はないじゃろうて。」
「ひゃっ?!寄らないでぇぇ!」
気配も無く肩に手を置かれてぞわぞわっと鳥肌が立った。
天敵・仁王雅治!
睨み付けてるはずなのに詐欺師は楽しそうに笑っている。
「そんな格好で威嚇しとっても怖くないぜよ。可愛いのう。」
私は今袴姿だ。
祖父母の時代は着物だったからその名残で和装で給仕することになっているのだ。
え。
何、この羞恥プレイ。
「お客様、注文はお決まりでしょうか?」
私は滅多に使わない営業スマイルを貼り付けてテニス部の相手をしてやっている。(普段は顔見知りの常連ばかりなので自然に笑えるもん)
「俺、チョコケーキと苺ショート、チーズスフレ、フルーツロールな!」
「煎茶をもらおうか。」
「俺アイスティー。」
「緑茶」
「コーヒーをいただきましょうか。」
「あ、俺もコーヒー。」
「烏龍茶頼むナリ。」
「私は…オレンジジュース。」
「はい、かしこまりました。注文の品を繰り返します。チョコレートケーキが一つ、苺ショートケーキが一つ、チーズスフレが一つ、フルーツロールケーキが一つ、アイスティーが一つ、煎茶が一つ、緑茶が一つ、烏龍茶が一つ、コーヒーが二つ、オレンジジュースが一つ、以上でよろしいでしょうか?」
「あ、ダージリン追加!」
………ピキ。
「注文を繰り返します。チョコレートケーキが一つ、苺ショートケーキが一つ、チーズスフレが一つ、フルーツロールケーキが一つ、アイスティーが一つ、ダージリンが一つ、煎茶が一つ、緑茶が一つ、烏龍茶が一つ、コーヒーが二つ、オレンジジュースが一つ、以上でよろしいでしょうか?」
「それで頼もう。」
お母さんこと柳先輩が取り仕切った。
私は踵を返して厨房に入った。
「父さん、コーヒーのブルマンとブラジル、オレンジ、アイスティーガムシロ2個、ダージリン。母さんは煎茶と緑茶と烏龍お願い。」
私はケーキクーラーからプレーンの生地を出した。生クリームとチョコレートでそれぞれ飾り、フルーツロールを切り分け、スフレを冷蔵庫から出した。
ついでにお茶うけにお煎餅と葛きりとクッキーを別に小皿に取り分け、トレンチ(お盆のこと)に載せた。
ドリンクとお茶うけをそれぞれ両手に持ちテーブルへ運んだ。
「お待たせしました。」
黙々とそれぞれが注文したものを目の前に置いていく。
「頼んでいないものがあるが。」
「そちらはこちらからのサービスですからお気になさらず。では失礼します。」
一礼して私はカウンターに引っ込んだ。
「香澄ちゃんいるかい?」
奥の座敷席から弦さんの声がした。私は襖を開けて座敷を覗き込んだ。
「いるよ、弦さん。どうしたの?」
「いや、忙しくなったならおいとましようと思ってな。」
「大丈夫だと思うよ?注文したのはもう運んだから。」
「そうかい?それにしても大人数だったのかい?」
「そう。しかも同じ学校の人。」
「確か、香澄ちゃんは立海だったね?儂の孫もそこに通っているぞ。」
「え?そうな…。」
「オーイ、秋山〜!」
見事に私の台詞を遮ってきたのは丸井先輩だ。
あのブタ…(怒)
「弦さん、ごめん。ちょっと行って来る。」
私はため息を一つして座敷から出た。
「お呼びでしょうか?お客様。」
顔をひきつらせながら私はテーブルへ行った。
「このコーヒーだが…。」
柳先輩が不思議そうに私を見ている。
「お気に召しませんでしたか?」
「あ、いや…。そうではなく、ジャッカルと柳生で味が違う様だが…?」
「?はい、そうですよ。ジャッカル先輩にはブラジル、柳生先輩にはブルーマウンテンです。」
「何故だ?」
「何故と言われましても…。強いて挙げるなら行動?」
小さい頃から店の手伝いをしてきて、お客の行動を見ているとやはり性格がよく解る。性格が解ると嗜好も大概解る。
だから二人に別の豆を出したのだ。
それは、私にはごく自然なこと。
「ふむ、いいデータが取れた。」
柳先輩はノートに何かを書き記している。
「ちなみにシロップの数は固定か?」
「いいえ?お客様によっては無しの人も居ますし、最高で5個の人もいました。」
グラスの底にシロップがたまってドロドロだったけど…。
「お前は、客を見て好みが解るのか…?」
「そんな大袈裟なものじゃないです。」
本当に、私には大したことではない。
「そうか…。お前のマネジメント能力は高そうだな…。」
柳先輩はぽつりと不吉な単語を口にした。
…マネジメント…?
いや、まさかね?
だって桜がいるじゃない。大体、私が家の手伝いで忙しいことは今日この時を持ってわかっているはずだ。そこまで無遠慮なヒト達とは思わないが…。
「秋山、マネージ」
「お断りします。」
前言撤回。
無遠慮過ぎるヒト達でした。しかもこちらの事情はお構い無し。
「見て解りませんか?私家の手伝いで忙しいんです。」
ばんっ
私はテーブルに合計金額を記載した伝票を叩きつけた。
「そういうお話なら聞く耳持ちません。」
踵を返そうとすると誰かにぶつかった。
「…っ…、弦さん?」
「香澄ちゃん、やっぱり忙しいみたいだからまた今度来るよ…。おや?弦一郎か?」
「お祖父様?!何故このような所に?」
弦さんの言葉に反応したのはおっさんだった…。
「え゛?!弦さん、おっさ…ゲフン、真田、先輩のお祖父さんだったの?!」
ついいつもの癖で“おっさん”と言いそうになったのを必死で飲み込んだ。
「そうなんだよ、香澄ちゃん。」
驚きました!
あの厳格なおっさんのお祖父さんが弦さんだなんて…!!
まぁ、似てなくもないけどさ…。
弦さんは祖父母の代からの常連だから私は小さい頃から知っている。お友達感覚で付き合っていたと言ってもいい。
だから、弦さんに孫がいると言っても余り実感がなかったんだけど…。
「弦一郎、香澄ちゃんを困らせることをするなよ?」
そう言って弦さんは店を後にした。
弦さん、ありがとう!
暗に、私にマネ業を薦めるなと釘を刺してくれて!
やっぱり弦さんいい人だなぁ…。おっさんはただ怖い人だけど。
テニス部の野郎共が注文の品を消費し、レジへ移動した。
「………、締めて\2,120です。」
……。
テニス部は何やら揉めている様子だ。
土壇場でぐちゃぐちゃ言うなよ…。
…て言うか、レジの前で溜まらないで欲しい。背のデカイのが7人もいたら邪魔なんだよ!!
あ、桜は違うからね?
むしろこんな変態軍団に囲まれて可哀想だ…!!
…それにしても、何を揉めているんだろう…?
「だから、割り勘だろぃ?」
「それだと食べてもいない物に支払わなければならない。自分の注文したものを自分で払うのが良かろう。」
「俺、今月ピンチなんスよ〜!!」
…。
勘定のことか。
関係無い話してたらどついてやろうかと思った。
でもここは大人になるんだ、私!
5分後。
10分後。
あのさ、いい加減にしないか?
嫌がらせか?そうなのか?ケンカ売る気なら買うわよ?一体いつまで揉める気?!
「あの、お客様?他のお客様の迷惑になりますので、そろそろ支払いをさせていただきたいのですが?」
「秋山、すまないが…。」
「いかがなさいましたか?」
「今日は持ち合わせが\183程足りない。」
…そんなことで今まで無駄に過ごしてた訳?!
呆れた…。
「仕方ありません。では払える分だけ払って下さい。残金は後で徴収しますから。」
溜め息混じりにそう言えば、反論が飛んでくる。
「何だよぃ、まけてくれてもいいだろぃ。」
一番飲み食いした奴がそういうこと言いますか。
そうですか。
「…お客様?このまま無銭飲食で警察に通報してもよろしいんですよ?」
「なっ…?!!」
「冗談だよな?」
「私が冗談を言うとでも?桜ならいざ知らず、ほぼ初対面の貴方達に?」
私の本気を察してか、全員がごそごそと鞄やポケットを探り出し、払える分の金子(きんす)を出した。
「…\1,931お支払いただきました。では、明日残金\189徴収しに伺います。こちらが領収証です。どなたに徴収すればよろしいですか?」
「ブン太じゃないかのう?」
「いや、赤也だろぃ?俺自分の分払ったぜぃ!」
「え、俺っスかぁ?」
「お前\32しか持ってなかっただろう…。」
「まったく、たるんどる!」
「わかりましたよ、払いますよ。…ジャッカル先輩が。」
「俺かよっ?!」
結局、私は次の日、ジャッカル先輩に残金を払ってもらった。
ちょっと(いや、かなり)可哀想だったのでブラジル豆を挽いてジャッカル先輩に渡した。流石にお金をまけることはできないので、差し入れと称してお茶うけのパウンドケーキも渡しておいた。
喜んでもらえたみたいで良かった。
______________ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あとがき
更新遅れました…orz
すみません(o_ _)o
ヒロインちゃんのバイト風景です(^^)
真田祖父の名前はオリジナルです(^^;
わからなかったので…(爆)
次は、魔王様に会いたいです。
では、次回。
2008*9*27
2009*3*22修正
追加
ペアプリにて副部長のお祖父さんのお名前が「真田弦右衛門」ということが発覚しましたので、修正してます(^^)
2009*11*16修正
2011.01.27修正
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