テニスの王子様
そして私は歩きだす
幸村と付き合いだして3日。
特に私達の距離感は変わることは無く、私も変にぎくしゃくしないで過ごしてきた。幸村は案外優しいから、私が意識しないように気を使ってくれているんだと思うけど。
「香澄、荷物、持つよ。」
「え?いいよ…。今日は資料集入ってて重たいし。」
「それなら尚更。」
私のサブバックを軽々と掠め取り、幸村は右手を差し出してくる。
「……何?」
「手。繋ごうよ。付き合ってるんだし、いいよね?」
ぐっ、と息がつまりそうになりながら、私も幸村に触れたいと思っていたから、その申し出を受け入れた。
変に意識しなくて済んではいたけど、幸村は前以上にスキンシップを図ってきていたから、やっぱり前とは違うのかもしれない。
細いと思っていた幸村の指は、案外がっしりとしていて、所々が固くなっていた。きっと、テニスラケットを誰よりも長く持っていたから。
そんなことでも、私の胸はきゅうっ、となるのだ。
切ないのとは違う。好きだなって思って、きゅんとする感じ。
そんな乙女な思考をしているのが恥ずかしくて、ぷるぷると頭を振った。
「どうかした?」
「あ、ううん!何でもない。」
それきり、私達の間で会話は無かった。
だけど、黙っている時間が苦痛じゃないのは、幸村が側にいるからだ。そんな沈黙すらも愛おしい。
そんな風に、穏やかに過ごしていければいい。
桜ちゃんが、不穏な目で私達を見ていたことに、私は気付かないでいた。
「幸村。」
「……何?」
「今日は寄り道していかない?」
「なんで?」
「なんでって、幸村と出かけたいから。」
「……キミには、ブン太っていう彼氏がいたと思うけど?桜さん。」
そこに佇む、香澄の格好をした桜の顔は驚愕に満ちていた。
「な、んで、解ったの……?」
「そんなの簡単だよ。香澄と桜さんとじゃ全然違うじゃない。」
「違うことなんて、無いわ!!だって香澄ちゃんと私は一卵性の双子だもの!容姿も、思考も、好きな人だって一緒だわ!」
「その髪、良くできてるね。ウィッグ?」
「そんなのどうでもいいでしょ?!!なんで幸村君は香澄ちゃんが解るの?!!」
「解るさ。彼女だからね。俺は、香澄と同じ顔の人が10人いても100人いても、その中から必ず香澄を見つけるよ。香澄の持つ雰囲気とか話し方とか仕草とか、その他諸々でね。」
「なんで……!!なんでよ?!!なんで香澄ちゃんには香澄ちゃんが解る人が彼氏になるの?!!私のブン太を盗ろうとしておいて、なんで?!!香澄ちゃんも私と同じ気持ちになればいいのよ!だから幸村君は今日私と過ごすの!幸村君は香澄ちゃんと別れればいいのよ!」
「残念だけど、無理だね。俺は香澄以外の人と付き合う気はないし、香澄を手放す気は無い。だから香澄を悲しませるようなことはしない。もう、やめなよ。こんなことしてもどちらも報われない。」
「……っ、ふ、う、ぅぅっ……!!」
桜は泣き崩れ、幸村はそのまま踵を返した。
香澄の待つ、教室へと。
「あれ?幸村、今日は早かったね。」
「ん?ああ、部活じゃなかったからね。」
「……じゃあ何しに行ってたの?」
「秘密。」
「…そ。ならいいや。帰る。」
幸村は時々こうやって、何かをはぐらかすことがある。
でも、幸村の事だから、私に伝えたくないことを隠しているっていうことも考えられるから、私は敢えて訊く事はしない。それを少しだけ寂しい、と思うけど、私のことを思っての行動なら、嬉しい、とも思う。
「一緒に、だろ?」
「…うん。」
夕日が、目に眩しい中、私は幸村と手を繋いで帰った。
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あとがき
過去に決着をつけて歩きだす姿って好きです。
私はいつでも後ろ向きなので←
2012.06.05
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