テニスの王子様
自覚する気持ち
気付いてしまった気持ちは、加速度的に私を抜け出せない場所へと落として行った。
落ちて、堕ちて。
桜ちゃんと丸井君が付き合う事になった時にぽっかりと空いた、どす黒い穴はいつの間にか塞がっていた。
幸村と過ごしていた日々が嫌々ながらも楽しかったのか、それとも憎い相手に頭を占拠されて一時的にでも忘れられたからか。多分後者だろうけど。
だけどそれが、「好き」の気持ちに変わっていたなんて……。
「おはよう。」
教室に入ってくる幸村の声に体が強張(こわば)った。
昨日まではなんともなかったのに、意識した途端自分でもびっくりするくらい幸村に反応しているのが解った。
「秋山さん、おはよう。」
椅子を引くのと同時に幸村が挨拶してきた。いつもと同じ、ただの挨拶。
「お、おはよう…。」
それなのに私は、幸村の顔を見ることもせず、俯(うつむ)いたままどもってしまった。昨日までは私、どうやって幸村に接していたんだっけ?普通ってどんなの??
混乱しながらも幸村をちらりと見やれば、何のことは無い。
幸村は昨日までと何ら変わりない所作で机に教科書やノートを仕舞っていた。
ドキドキしているのは、私だけ。
きっとこの間の告白だって、友達としての好きか、からかっただけなんだろう。
私ばっかり、幸村のこと本気になって、バカみたい。
「先生、具合が悪いので保健室に行ってきます。」
「大丈夫か?顔真っ赤だぞ?保健委員、ついて行ってやれ。」
「いえ、大丈夫です。一人で行けます。」
今は一人になりたい。
誰にも見られたくない、こんな顔。
熱くなる目頭を押さえながら、私は保健室に向かった。
熱を測ると微熱くらいなものだけど(知恵熱だと思う)、潤んだ目にびっくりした保健医が私をベッドに案内した。
ベッドに横になって、風が木々を揺らす音を聴いていると、いつしか私は悩んでいるのも忘れて眠りに落ちた。
夢の中で私は、辺り一面が真っ白な世界に立っていた。
前も後ろも上下左右さえ解らないような白い空間。
進んでも、進んでもただ白い闇がそこにあるだけ。
いつしか歩き疲れて私はその場にしゃがみこんだ。
すると、私が座ったすぐ眼の前に真っ黒な穴が開いた。
何もかもを飲みこんでしまいそうなくらいに虚ろな黒。
そこに映し出されているのは、桜ちゃんと丸井君の仲睦まじい姿。
次第にその穴は靄(もや)がかかったみたいに二人の姿をぼかす。
次に映ったのは幸村だった。
そこに映る幸村が、寂しそうな、悲しそうな眼でこっちを見ていた。
そこで気付いたのが、この穴は、私の眼なのではないだろうか、ということ。
自分の眼に映るものを、別の視点から見るのって変な感じ。
そんなことを思っていた時だった。
『俺、もう秋山さんとはいれないよ。』
その言葉に私の胸は嫌な感じに脈打った。
何?どういうこと…?
『君の心の真ん中にまだブン太がいるのなら、俺は君の側にいるのが辛いんだ。』
そう言って、幸村は私に背を向けて歩き出す。
待って…!もう、丸井君のことはいいの!私…、私…幸村と離れたくないっ!!
「嫌だ!待って、幸村っ……!!」
伸ばした手が、がしっと掴まれた感触で目が覚めた。
「あ…。」
「大丈夫?」
うっすらと目尻から涙がこぼれた。視線をずらせば、そこにいたのは幸村だった。
「大分うなされてたみたいだけど…。」
「う…ううん、何でも、ない。」
涙を拭いながら起きた。その間も、幸村は私の手を握ったままだった。
「あの…幸村?手、放して…。」
「嫌だって言ったら?」
「は……?」
幸村は一層私の手をぎゅうっと握った。少し、痛いくらい。
「痛い、よ…。」
「うん。こうでもしないと、香澄は逃げるだろうから。」
伏目がちな幸村を、ちらりと盗み見る。
やっぱり、綺麗なんだよね。顔だけは。
「逃げないから、放して。」
「俺の名前、呼んでたね。なんで?」
ぎくり、と私の体が硬直した。
「俺を、呼んでいたのは、何故?」
幸村は確認するように、言葉を切って同じことを繰り返した。それも、満面の笑みで。
そんなことを答えられるはずもなく、私は再度俯く。
「俺の、勘違い?少しは、香澄に好かれてるってのは。」
優しい声音で、幸村は続ける。
真綿で逃げられないように絡めとられているかのようだ。
ふるふる、と私は頭を振った。
そして、意を決して口にする。
今まで、溜め込んでいた、言えなかった言葉を。
「私、幸村が好き。」
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あとがき
お久しぶりでした。
とうとう告白しました!!
あと2話で終わりです。次はにおちゃんで考えてます。
2012.05.31
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