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テニスの王子様
裏切り


ゲーセンでひとしきり遊んで、クレープを食べながら歩いていた時だった。

「香澄ちゃん……?」

酷く聴き慣れた声が狼狽している。

「桜ちゃん…?!」

今眼の前にいるのは紛れもなく桜ちゃんだ。どうして……?まだ寝込んでいるはずだったのに……。

「え?桜……?じゃあ、お前……?!」

「香澄ちゃん、何してるの?」

桜ちゃんが、青ざめてこちらにやってくる。どうしよう、どうしよう。

「ねぇ!香澄ちゃん、ブン太と一体何してたのよ?!」

痛いくらいに桜ちゃんに腕を掴まれた。爪が、食い込む。

「何で?!私に隠れて何してたの?!ブン太は私の彼だって知ってるでしょ?!」

「ごめ、……ごめん、桜ちゃん……。」

涙目になっている桜ちゃんに、私は謝るしかなかった。

ぱんっ

左頬に衝撃が走った。じんじんと痛みが増して、今桜ちゃんに叩かれたのだと酷くゆっくりした速度で理解した。周りが、スローモーションに見える。

「香澄ちゃん、最低だよ。」

桜ちゃんは静かにそう言って、涙を流して踵を返した。

「あ、オイ……?」

「丸井君、ごめんね、騙して。桜を追いかけてあげて。今日は楽しかった。」

私はそのまま走って家の近くの公園に辿り着いた。夕方近いので、子ども達もそろそろ帰り仕度をしていた。私は、ドーム型の遊具の中に体を滑り込ませた。

桜ちゃんを、傷つけた。
いけないことだって、解っていた筈だった。
でも、目の前に好きな人がいて、勘違いだったとしても、一緒に居たかったんだ。少しの間、桜ちゃんに成り済ましてでも、デートしてみたかったんだ。
私の中の、浅ましい感情。
そのためだけに、桜ちゃんを傷つけて、丸井君を騙した。
これじゃあ、幸村が言っていた事をそのまましてしまっただけじゃないか。
あの時は「バカにするな」って思っていたのに、それを実行してしまうなんて……幸村のこと悪く言えない。
私の方が、最低だ。

「……こんなとこで、何してるの?」

聴きたくない声に、体をびくり、と震わせ、視線を上げた。遊具の入り口から幸村が顔を覗かせていた。

「なっ……!何よ……!別に私が何してたっていいじゃない!」

「まぁ、それはそうなんだけど、さ。」

俯いた私の左横に、人の温もりを感じた。幸村が、私の隣に腰かけていた。

「…やっぱり、成り替わりたかったのかい…?」

静かな、落ちつた声が頭に響いた。

「そう、よ……!私だって、丸井君が好きだったんだもん!だけど!桜ちゃんが好きだって言ったら私は応援するしかなかったんだもん!!いつだって……!いつだって……!同じものが無いんだからどっちかが諦めるしか無くて、私より優秀な桜ちゃんが諦めることなんて今まで無かったんだもの……!!」

最悪だ。
私は、天敵である幸村の前で嗚咽を漏らした。今まで溜め込んでいた本音まで一緒に。
情けなくて、恥ずかしくて、その後は何も言えなかった。

「……キミって、ホントにバカだね。欲しいモノをいつも諦めてきたって言うけど、それって結局自分が一番大事ってことだろ?自分を、相手を、傷つけてでも欲しいモノをどうして諦めるんだよ。俺なら絶対に諦めない。例え世界を敵に回したって。キミも不意打ちみたいな真似しないで桜さんと争えばよかっただろ?自分が傷つきたくなくて逃げたくせに悲劇のヒロインぶるなよ。」

幸村の言葉は辛辣(しんらつ)だけど、本当のことだ。
私は卑怯で最低だ。欲しいモノが手に入らなくて癇癪(かんしゃく)を起している子どもと同じ。

「大体、最初から当たってもないのにうじうじして、見苦しいったらないよ。先に告白すれば秋山さんが丸井と付き合えてたかもしれないのにさ。」

「それは無い。桜ちゃんと私なら絶対に全員桜ちゃんを選ぶんだ。」

「……よくそこまで卑屈になれるね。でも、“全員”って言うのは訂正しなよ。」

「……どういうことよ。」

「俺は、香澄の方がいい。」

「…………は?」

散々罵っていたかと思えば、いきなり優しいセリフが飛び出してきた。私、耳おかしくなったのかな??幸村が私に対して優しいなんて……いや、前にちょっとだけあったけど、あり得ない。ていうか!今どさくさに紛れて名前で呼ばれた?!

「香澄の顔の横に付いてるそれはただの飾り?」

「いや、いやいや!聴こえてたけども!な、何?!私の方がいいって何?!」

「……遠まわしな言い方じゃ伝わらないってことかい?じゃあ、ストレートに言うよ。俺は、香澄が好きだ。桜さんじゃなく、香澄、キミのことが。」

不意に聴かされた幸村の告白。

「え…、な、なんっ……!だって、そんな素振り……!!」

「あぁ、俺、ポーカーフェイス上手いからね。」

いや、そう言う事じゃ……!!…そういうこと、かな……?何か更に混乱してきた……。

「返事は落ち着いてからでいいよ。今だと失恋の痛手に付け込んだみたいだから。」

そう言って、幸村は遊具から出て行った。
残された私はどうしていいかわからず、しばらくの間放心状態だった。





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あとがき

なんかこう……すごい罪悪感ですよね……。後味悪い話になるので……。

2012.05.16

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あきゅろす。
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