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結城 慶士
駆け込み乗車



「はぁ……」


合コン当日になった。
空は快晴。私の心とは裏腹に、真っ青で晴れ渡った空である。

昨日はあんまり眠れなかった。
やっぱりやめておくべきだった、と後悔した。

いつもの道をとぼとぼと力無く歩く。
あーあ、どうしていつも私はこうなんだろう。

毎朝定刻に通るいつもの曲がり角。
けれど今日はなんだか憂鬱だよ……。



…あ。

抱えていた鞄から、顔を上げた時だった。
胸がキュッと締め上げられる。


彼だ!
心が叫んだ。




コツコツコツコツ…
コツコツコツコツ…


交錯する二つの足音。
音は交わり、また離れた。


ほんの2、3秒だったのに、耳が熱いよ。
ギュッと目をつぶった。





私、彼が好きだ…。












『3番ホームより列車が発車します』
いつもの満員電車に乗り込んで、何気なくアナウンスを聞いていた。

あぁ、やっぱり今日学校に行くの嫌だ……





「待って!待って待って!」
大きな声がアナウンスを遮る。
「オレ乗る!オレ乗るから!」
ふと顔を上げて、扉を見た。
閉まろうとしていた扉に手が現れる。
その手は無理やり扉をこじ開けた。

「こら!危ないじゃないか!」


駅員の怒声が飛んできて、息を切らせた彼が「すんませーん」と笑顔で返す。
どこから走ってきたんだろう、前髪が汗で濡れてる……。



「………」
「………」

息を切らす彼を見ていたら、不意に目があった。
う、うわっ



「…見てた?」


ちょっとはにかみながら、彼が私に言う。
それは私にしか聞こえないくらいの声で。


「え、あ、うん……」


声になっただろうか。
男の子に話し掛けられたのが、久しぶりだったからつい上ずってしまった。

それでさらに恥ずかしくなって、真っ赤になってしまった。


「…アハハ」
彼が戸惑う私を見て笑う。
「あっちぃ…」

彼が天井を見上げて、ワイシャツをパタパタとあおいだ。
紺のブレザー、赤のチェックのネクタイ。
この制服は、東臨海高校……東高の制服だ。

学年バッチが緑色…ってことはこの人、高校2年生。
同い年、なんだ……。


『東石田〜、東石田〜』

多くの高校生が、駅の扉に殺到する。
そう、東石田駅は東高がある駅。

「わっ」


後ろからの人の波に押されて、私の体が前に倒れ込んだ。


「わっ、あぶねっ!」

先ほどの彼が、私の肩を掴む。
それだけで胸が跳びはねた。
男の人に触られるの、滅多にないから……。

「大丈夫?…じゃあね」
彼が微笑んでそう言ったと同時に、電車の扉が開いた。
『東石田でございます。お降りの際はお忘れ物に…』

彼の真っ黒な頭が、紺の制服の集団に紛れていく。
雑踏の中に紛れてもなお私はそこを見ていて。

優しい人だったな…。













「そうだよね。うん、しょうがないよね。うん、うん…じゃあ、また」

チハルがケータイを耳から離して、電源ボタンを押した。


「今日中止だって。この雨だもんね」
チハルが窓の外に目をやる。
夏菜も残念そうに空を見上げた。


お昼になって、急に真っ暗になった。
それからいつからともなく雨が降り出して、今は激しい土砂降りになっている。
「あーあ、結構楽しみにしてたんだけどな」
夏菜がイスに座って仏頂面をした。
「そうだねー」
チハルも少し残念そう。






そんな2人を横目に私は少しホッとしていた。
今日はずっと憂鬱だった。

だって、私男の人と話すことも滅多にないし、免疫ないし、うん、合コン向いてなかった。
「……あ、私電車だし、そろそろ帰るね」
「おー。また今度合コンしようね」

教室を出るときに、チハルと夏菜に手を振った。
チハルの最後の言葉に相槌はしない。








生徒玄関では激しい雨の音が響いていた。
湿気を帯びた春風が、私の首元をとおり抜けていく。

「……ホントにひどい雨」


ビニール傘を広げながら、私はそう呟いた。







駅に着く頃には、スニーカーがもうぐっちょり濡れていた。
水気を含んだスニーカーはずっしりと重く、冷たい。


音楽が流れ始めて、アナウンスが流れた。
どうやら電車がやってきたみたい。

流れ込んできた列車の窓は、湿気で曇っていた。
その曇った窓の奥にはどうやらたくさんの人が乗っているようだ。


帰りのラッシュに遭遇してしまったらしい。




『1番ホームより有栖川駅行き発車いたします』

ガクンと動き出した列車に揺られながら、憂鬱な一日が終わろうとしていた。






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あきゅろす。
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