秦 斗真
キミに伝えたい【完】
それからしばらく、彼が私を呼び止めることはなかった。
いや、現在進行形なんだけど。生活のリズムは基本的に違うから。
曲がり角で会う彼ともいつの間にか会わないくらい遅い時間に家を出るようになった。
斗真くんを避けるように、家を出るようになっていた。
「…美乃里」
「え!?」
昼休み。
それぞれが机を固めて、弁当を広げている。
恋愛話や昨日のテレビについて、みんな楽しげに話しているのに。
その中で1人、私だけが仏頂面だった。
「ちょっと話聞いてた?最近ボーッとしすぎじゃない?」
チハルが気遣いする。
申し訳なくなって俯いた。
だって言えるわけがない。
自分から手放した人間を、今度は片時も忘れたことがないなんて…
「ま、だいたい美乃里の頭ん中は読めるけどね」
夏菜がため息をついて、微笑した。
「まぁね」
チハルも頬杖をついて、私を見る。
「キスマークの彼、最近話に登場してないじゃん」
それは違うよ、美乃里。
たしかに歳は5つ違うけど――…
空の端まで晴れ渡った空。
もうすぐ梅雨がやってくる、清々しい午後。
高校に入って、初めて授業をサボった。
こんなにも1人になりたいと思ったことはない。
「それは違うよ、美乃里。たしかに歳は5つ違うけど」
チハルが私の目を見て、真剣に話す。
「それでも美乃里は、惹かれちゃったんだから、認めなきゃ」
「はぁ…」
チハルの言葉を掻き消すようにため息をつく。
私の心のどこか、内奥で、彼と私の歳の差を実感している。
社会的には完全におかしい。
身長だってつりあってない。
それは違うよ…
空を見上げる。
眩しい、光。
たしかに歳は5つ違うけど…
空高いところで、鳥が飛んでいく。
「…惹かれて、いたんだ」
そう、そうね。
惹かれていたんだ。
認めなきゃ。
急に胸が痛くなった。
抑えていた気持ちが高ぶる。
「…お腹、痛くなってきた…」
「…何?」
斗真くんちの前で。
チャイムを押そうかどうか悩んで右往左往していると、ちょうど斗真くんが帰宅してきたのに鉢合わせた。
もう帰宅してると思ってた。
カッと顔が熱くなって赤面する。
「え、あ、いや…」
「家間違ってない?ここ僕ん家」
「え、うん。そだね。アハ、アハハ…」
苦笑いして、自分の家に帰るように歩き出す。
ダメだ。やっぱり言えない。
本当は会えて、嬉しいのに。
「何の用だったの?」
私の背中に問い掛ける斗真くん。
今しかない!
「あの、あのねっ!」
勢いよく振り返る。
すると、グワングワンと…あれ?
目が…廻る……
「…美乃里!!」
聞いた声は、それが最後だった。
「…ありえない」
目が覚めて、呟いた。
見慣れた部屋の天井が目の前に広がっている。
昼間から生理になったのはいいけど、まさかそのせいで貧血をもよおすなんて…
「ついてない」
下腹部に走る鈍い痛み。
悔しくて、涙が出そう。
「好き、なのに」
歪む口元から、それだけがこぼれた。
「言いたかった…」
一刻も早く、こんな情けなくなる前に。
今日、伝えたかった。
瞼を覆うように腕を置く。
下腹部が痛いうえに、胸もキリキリ痛い…。
「傷つけて、ごめんね…」
「何が?」
ばっと目を開けて体を起こした。
一瞬にして現実に返る。
「え?」
見ると、私の部屋にあぐらをかいて座っている…斗真くん。
え、いつからいたの?
カァッと赤くなる私の顔をよそに、斗真くんは「はぁ」とため息をつく。
「…美乃里って、不器用」
「な、ちょ、何」
「もうしゃべるな」
斗真くんが立ち上がってベッドに乗る。
「ちょ…」
「なおさら墓穴掘るよ」
「…う」
恥ずかしくなって彼の胸を叩こうとした。
でもその両手は簡単に彼に取り押さえられて。
「もっかい言って?」
「え?」
「もっかい」
死ぬほど恥ずかしくて、彼の視線から目線を反らした。
恥ずかしいけど、逃げちゃダメだってわかる。
「す、すきよ…」
「え?」
「もう言った!」
真っ赤になって彼に膨れっ面をして見せた。
「ハハ!ごめんごめん」
斗真くんが私の腕を放して、腰に手を回す。
そして、ぐっと抱き寄せられて。
「…ぼくも大好き」
それから交わる、甘いキス――…
こんな私でいいの?
歳だってこんなに上だよ。
そう問い掛けるようにキスに応えた。
甘い吐息に翻弄されるようにもがく私の両手。
ねぇ、…いいの?
次の日。
「バファリン飲んだし、今日は大丈夫かな」
鞄を掴んで、家を出る。
いつもの時間。定刻7時半。
でも、曲がり角の彼を見るためにこの時間に出るんじゃないよ。
「あ」
「おはよー。美乃里」
ちょうど斗真くんが家から出てきた。
その後ろから、斗真くんのお母さんも。
「あら、おはよう。美乃里ちゃん」
「おはようございます!」
斗真くんが門を開けて、私へ駆け寄る。
「まぁ、斗真ったら本当に美乃里ちゃんが好きなのね」
斗真くんのお母さんが嬉しそうに笑う。
「うん。好き」
斗真くんが平然と答えると、私の髪をいきなり引っ張った。
「いた!ちょ、斗真く――…」
涙目になって、怒ろうとした私の顎を掴んで、斗真くんが軽く唇に触れた。
「ちょ、斗真!?」
「こいこと」
生意気に笑った斗真くんは私の手を掴んで歩き出した。
早く、大人になってね。
これから成長していくキミが、すっごく楽しみだよ。
今度、神社の続き、しようね…?
*END*
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