[携帯モード] [URL送信]

秦 斗真
星が、流れる







「…真!斗真!」

遠くから声がして、斗真くんはハッと顔をあげた。

私は胸の奥で、安堵の念が浮かんだ。
そしてぽつりと、「残念」という気持ちも浮かんで真っ青になった。



「…お母さんだ」

斗真くんは扉を開けて、お母さんを探しに走っていってしまった。
その姿が小学6年生とはいえ、ちょっと寂しくて。
容赦なく置き去りにされた私がなんだか切なかった。
私ははだけたセーラー服を手繰り寄せて、ボタンを閉めた。
そして夕日のさす扉へと目指す。


「お母さん!」
扉から体を出すと、ちょうど斗真くんがお母さんを見つけたばかりだった。
斗真くんのお母さんは泣きじゃくった様子で、真っ赤な顔をしながら斗真くんに抱き着く。

「…見つかった!見つかったの、お父さんが!」
「え!?」
「…え?」
私もその声を聞いて、小さく声を漏らす。
「あのね、東尋坊の沖合で…、沖合で…」
斗真くんの、お母さんの背中に回していた手が、どんどん力を失った。









斗真くんの家の玄関に『喪中』という紙が貼られた。
斗真くんのお父さんはずっと行方不明だったんだって。お父さんを探すためにこの街に来たらしい。
でもお父さんはこの街からずっと遠い街で見つけられた。
…さっき、お母さんがこっそり教えてくれた。


黒い服を身にまとい、お母さんと一緒に秦家へ焼香をあげにいった。
ふと焼香台の横を見ると、斗真くんが今にも泣き出しそうな顔をして俯いている。
まだ幼いその肩を見たら、妙に痛々しかった。



焼香をあげ終わると、お母さんが、斗真くんのお母さんとやたら真剣に話をしだし、時間の空いた私はふと、周りを見渡した。
「あ…」
ちょうど玄関から出ていく斗真くんの背中が見えた。
思わず追いかける。






外はすっかり冷えていた。
夏を迎えるはずの春…だけどまだ寒い。
それに今日はそれ以上になんだか寒いよ。
彼を追いかけ、スピードをあげる。
彼が小さな角を曲がった。
私もすぐさま角を曲がる。
が…
「ひっ!」
曲がった先に斗真くんがこっそり隠れていたことに驚いて、私は悲鳴をあげた。
「静かに。夜なんだから」
斗真くんが人差し指を出して見上げてきた。
私は首を上下にコクコクと振る。
「どうしたの、美乃里。どうして僕についてくるの?」
「えっと…」
ただ、気になって。
寂しそうなその背中が、なんだか気になって。
その私の声が聞こえたのか、斗真くんはふっと笑って歩き出した。



「僕は大丈夫だよ」
そう呟いて、街灯もない道を進んでいく。
「…でも!」
斗真くんを追うように私も歩き出した。











「父さんは、弱い人だった。精神的にも肉体的にも。母さんも僕も弱い人間だった。だから、誰かに寄り掛からずにはいられなかったんだ」
開けた場所に着く。
そこはこの住宅街の空き地…。
「だから父さん、支えきれなくて壊れちゃった」

斗真くんの心なしか細い声が夜の闇に吐き出された。
空き地には、丘のように開けていて、下の景色がよく見える。
ポツリポツリとまだ家の明かりが点っている。

空には満天の星。



…斗真くん。

泣いてるの?








「でもダメなんだ。僕が強くならなくちゃ。小学生だからとか、ダメなんだ。次は僕が、母さんの柱に…」
「斗真くん…」
その小さな背中に、すでに1人の大人を支えているんだね。
私はいたたまれなくなって、斗真くんに駆け寄った。「私も!私も何か力になるよ!?」
彼の顔を覗き込むように横に立つ。
彼の横顔はすばらしく凛々しくて。
斗真くんは、私を横目に見て、ふっと笑った。


斗真くんが腰を下ろしたので、私も横に腰をすえた。
まだ心配そうに彼の横顔を見たまま…

いや、とらわれたように彼の瞳を追っているだけなのかもしれない。


「そっか。力になってくれるんだ?」
「うん」
「そっか」

彼の小さな頭が私の左肩に寄り掛かる。
驚いて、かっと赤くなった。
また、あの時の動悸…



「じゃあ、今少しだけ、寄り掛かるね」

胸が、キュッと締め付けられた。
満天の空を見上げて、ぽつりと思う。



流星が炎をあげて、どこかの星へ流れるように、私の心も今、確かな炎を揺らめかせて、彼の心へ傾いていく。







[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!