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イヴ
振り返るな
「じゃあまた明日おいで」

イヴに大通りまで送ってもらった。
お互い少し火照った頬をしながら、照れ臭そうに「バイバイ」と言う。

「あのね、イヴ」
まだ好きとは伝えてない。
今言わなきゃ。
「なに?」
彼が少しだけ眉を跳ね上げて尋ねる。
「あのね…」
愛しくて恋しくて、「好き」だけじゃ伝わらなさそうな気がした。
それぐらい、「好き」で。


「あれ?美乃里?またこんなとこにいる」
「え?」
声のしたほうを見る。
すると夏菜がきょとんとして立っている。
「何してんの?ホント毎日、美乃里とりつかれてるみたいに四方木街にいるね」
半ば本気で夏菜が言う。
「だからイヴに会ってるの。ほら彼が…」
そう言って、イヴのいた方を見る。
「…だれ?イヴって。どこ?」

イヴは姿を消していた。




土曜日。
イヴに会いたくて白いワンピースを着る。
思い立ったが吉日。彼に会いに行こうと思いついた。
そして、気持ちを伝える。
もっと色んなところに、色んなものを見に行こうって彼を誘うんだ。
奥さんがいなくて寂しいなら、私に頼ってもいいからって。

電車に乗り込んで、窓の外を見た。
今日はいつもより蒸し暑い。夏が近づいている証拠だった。

四方木駅に降りて、私は大通りを歩く。
いつも通り交通量の多い場所。
コンビニが見えてくれば、教会はすぐそこだ。
「美乃里」
けれど、裏路地に入ろうとした瞬間、誰かに呼び止められた。

「…夏菜、チハルも」
「やっぱり来た。ねぇ、最近変だよ。隠し事しないで、私たちに打ち明けて?」
「隠し事?だからイヴのこと言ってるじゃない」
私がおどけて言うと、夏菜とチハルは顔色を真っ青にして見つめ合う。

「あのさ、おとつい美乃里、常盤山の高台にいたよね?」
チハルが冷静に言う。
行ってることばれてないと思ってた。
「あの時1人だったよね?どうして1人であんな高台の真ん中で泣いてたの?」
「え…?」
夏菜がその横から顔を挟む。
「スクランブル交差点のことなんだけどさ、友達皆に聞いたんだけど、やっぱりあんた1人で歩いてたよ!」
「何言って…」
持っていたカバンを落とした。
手に力が入らない。
手が、震えた。
「ねぇ、美乃里。イヴってなに?ホントは何してるの?」
「違う。何も隠してない…」
「でも事実1人で…」
「1人じゃない!」
泣き出しそうになりながら裏路地に駆け込んだ。
どうしてみんなイヴの存在を否定するの。
イヴはずっとそばにいた。
ずっと教会に、私のそばにいたの。

イヴは私の心の琴線にまで、触れたの。


「きゃ!」
人にぶつかって、私は思い切り尻餅をついた。
見上げるといつか会った、あのおじいさん。
「あ、ごめんなさい」
「…ああ、こちらこそ」
思っていたよりもまともに話す。
前はボケてるんだって思ったんだけど。

「あの、教会は…どこですか?」

なぜこの質問が浮かんだのかわからない。
無意識に聞いていた。
自分の心にも同時に問う。
「…ん〜あのねぇ、前もそれ聞いてきたでしょ」
胸がバクバクと音を立てる。
いや…
やめて…
「私いくら考えても、このあたりに教会なんかないねぇ」
「いや!」

耳を押さえてまた走り出した。
前も見ず、とにかく耳を押さえて足を前に出した。
もしこのままイヴに呼び止められずに裏路地を突っ切ったらどうしよう。
そんな不安も押し寄せてきて。
涙が、唐突に押し寄せた。



「ミノリ!」

即座に足を止めた。

よかった。
イヴ…!


振り返ると、透き通るような目をしたイヴと…教会。
どうして?
あんなに走ってきたのに、大通りがここから見える。
ずいぶん裏路地を走ってきたはずなんだよ。

どうして…!



「入ってく?」
泣きながら首を振る。
怖い。
「…入っていきなよ。もう、最後かもしれないから」
彼が、扉をゆっくりと開ける。

『最後』。
黙って、教会に入った。




「キレイでしょ。ステンドグラス。日中もね、こんな風にきれいなんだよ」
そう言ってイヴが見上げる。
私も見上げると、…本当にとてもとてもキレイだった。


「ここに教会は、ないんだって」
私は鼻声で彼に言う。
否定してほしくて口にした。
何言ってるんだ。ここにあるでしょって言って欲しい。

イヴがステンドグラスから視線を外す。
彼の靴音が教会に響いた。
「…知ってるよ。この教会は、ボクの過去の記憶から出てきたものだ」
瞳を、外さなかった。
その瞳の奥にある、事実の正否を見極めたかった。
一点の曇りもない、キレイなブルー。
「過去?」
唯一脳の中で引っ掛かった単語を口にする。
もう心はカラッポに近い
「そう。過去。ボクは、…ボクもこの教会も…過去のもの」
「わかんない」
「美乃里、しっかりして。ちゃんと聞いて」
普段とは違う彼の鋭い瞳に、私は我に戻った。
頭がスーッと澄んでいく。
そして私の頭の中がキレイに整頓されて行く。

やがて、辿り着きたくもない結果に結びつく。



「…ユーレイ?」
口に出すと、真実味を帯びた。
イヴがそこで初めて目線を外す。
「…ユーレイなのね」
声が震えた。
涙が、奥から押し寄せてきてこらえられない。
「…ウソォ」
喉の置くから出た声は、か細くて力なくて。
体の力が抜けて行く。

「ウソじゃ、ないよ。ボクは、もう50年前には死んでる」
「嫌だ…よ」
「戦争が始まって、この教会にはだれも来なくなった」
「…ヤダぁ…」
「誰も…。みんなボクを忌み嫌った」
「聞きたくない!」

耳を塞いでその場に膝をついた。

絶望と、落胆と…渇望。
失念と、暗転と…欲望。

泣き声が、嗚咽が、教会内にこだました。


「じゃあ、もう言わないよ。ミノリに嫌われたくないしね」


彼の指が、私の髪をとく。

その冷たい指先は冷え性のせいじゃないんだって、わかった。



でもまだ…、まだ愛しくて。



「…イヴ…」
涙でグチャグチャになった顔で、彼を見上げる。
彼越しのステンドグラスが眩しい。
「なに?」
「好きなの」
これでもまだ、好きなの。

彼は一瞬だけ驚いた顔をした。
でもすぐ柔らかく笑った。


キレイなブロンド。
地球のように青い瞳。

全部好き。


優しい笑い方。
自分より他人を優先するところ。


全部好き…!

「ボクもだよ。ミノリ。でもこの言葉でキミを縛りたくないや」
「うっっ…ぅ〜」
嗚咽が、あとを追って溢れた。
好きだと口にしたら、なおさら好きになった。
離れたくない。
でも、キミは…


「もう、行くんだ」

イヴが憮然とした態度で言った。
「もうここにきても、教会はないよ」
驚いて彼を見る。
「…なんで!?なんでそんなこというの!?そんな突然…」
「ここはね、ボクがキミに会いたいと思い、キミがボクに会いたいと思わないと出現しないんだ」
イヴが、つらそうな顔をして言う。
イヴがどんな気持ちでそれを口にしているのかはわかった。
「…もう、イヴは会いたいと望まないって…こと?」
「…そう…いうことになるかな」
「ヤダ!また会いたい!」
「…行くんだ。…もう振り向くな!」
「ヤダ!」
「行け!!!!!」


顔を真っ赤にして言うイヴが、怖かったのか。
未来を悟ったから、なのか。

私はその教会を出た。
扉を出た直後、やっぱり彼と何かつながっていたくて振り返った。



けれどそこは、裏通りに近い、ただの空き地だったんだ…。












「ミノリ!」

あ、まただ。


キミの声が聞こえる。

でもキミは言ったよね、「声がしても振り向くな」




だから私は振り向かない。


キミがキミで、私が私であるために。

2つの人格や存在が、まったく違うものだから。



つらくて、夜泣くよ。
布団の中に包まって、声を押し殺して泣くの。


でもそんなときに、窓を開けて空を見たら、…不思議だね。


ネオンで照らされた夜空に、たった1つだけ輝く星があるの。

それが何の星であり、どうしてそんなに強く輝いているのか
私はなんとなくわかるよ。


ありがとうイヴ。
キミとの恋、忘れない。








*END*


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あきゅろす。
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